LISA SOMEDA

写真 (169)

再読

 

20年前に買いそびれたHysteric Sixを入手したのをきっかけに『なぜ、植物図鑑か』を再読。いま手元にあるのは2012年第3刷の文庫本だから、2000年代初頭の学生時代にコピーか何かで読み、2013年ころ文庫で再読。なので正確には再再読だろうと思う。

その直後、撮影中にふっと考えたことをX(旧twitter)に投稿したので、こちらにも移して(写して)おこうと思う。

季節によっては夜明け前に目が覚めてしまうようになり、ならばと早朝に散歩や読書、ブレストをするようになった。朝のブレストで頭に浮かんだことをメモするかのようにXに書き留めている。もしかしたら今後、Xをメモとして使い、その中から残したいものや話題を広げられるものをこちらに移すというスタイルになっていくかもしれない。

冬至だからなのか薄明から三脚立ててスタンバイしている人を多く見かけ、中平さんのテキストに自身が薄明や夜を撮ることを挙げてその情緒性を批判する記述があったのを思い出していた。学生の頃はそんなものなのかと教科書的に受け止めていたが、だんだんその叙情を排除する姿勢に違和が芽生えたのよね。けっこうそれって極端だよね…と。

そして、そのテキストが書かれた半世紀前よりカメラの性能が格段に上がり、薄明でも夜間でも高感度、拡大表示で対象を視認・凝視することが可能になって、いまや叙情性や情緒性と具体性・客観性・凝視的ふるまいは「どちらか」ではなく両立する可能性があるのではないかと。

これまで叙情的ととらえられてきた光景(ものがはっきり見えにくい状況)をバチッと隅々まで解像して捉えることが可能になったので、写真を巨視的にみて叙情的ととらえるか、微視的、具体的にみて客観的ととらえるかは作家が決めるのではなく、観者に委ねることもできるのではないかと思うようになった。

札幌での撮影以降、見えにくい状況で対象を精密にとらえることにこだわるようになったのは、道具が変わったことが大きいが、何かしら自分が感じた違和に応答するという側面もあったんだと気がついた。

中平さんのテキストをずっと覚えていたわけではない。むしろすっかり忘れていたというのが正しい。それでも、最初にテキストに触れた時点ですでにもう対話に巻き込まれていたんだと思う。

再読、してみるもんだね。

(2023-12-23 Xの投稿より

ここまでたどり着いたあなたは相当ニッチな関心領域をシェアしているとお見受けするので、もしよろしければXアカウントのフォローもどうぞ😊

https://twitter.com/somedalisa

実在の後ろ支えのない言葉

 

質感って英語ではtextureなんだよなぁ。textureは織物という実在によって後ろ支えされた言葉だけれど、質感という言葉にはそういった実在による後ろ支えを欠いたふわっとした感じがする…ということを考えていた。(「質感」という言葉には実在による後ろ支えはないが「肌理」にはある)

photographも photo-光 graph 書かれたもの(刻まれたもの)という構造で実在に後ろ支えされているが、写真という言葉にはそれがない。

この実在の後ろ支えがないふわっとした言葉を用いて思考し語ることと実在の後ろ支えのある言葉で思考し語ることとは、相当異なる経験ではないのだろうか?と。

というのも、抽象度が高くなった途端話が通じにくくなるということがここ何度か続き、はじめは自分の理解力や相手の言語運用能力を疑ったが、使う言葉に因る部分もあるのではないか?と考えるようになったのだ。

エティモンライン – 英語語源辞典
https://www.etymonline.com/jp/word/photograph

息のあわないダンス

 

なにか考えや問いをもって撮影に向かうたび、おもしろいくらい裏切られたここ数日。写真は常に現実とのせめぎ合いだということを忘れないために、X(旧twitter)の投稿に少し手を加えてこちらに移しておこうと思う。写真はできるだけ同じ画角になるようトリミングしたうえ、後から加えた。

まるで息のあわないダンスのようだ。

2023-12-03

きょうは愛宕山に登るつもりが、電車の遅延と不安定な天候によりショートカット。体力と気もちを持て余し、保津峡駅のプラットフォームで撮り鉄の皆さんの横に並んでみた。ほかの方は保津峡を走り抜けるトロッコ列車を撮っている様子だったが、わたしはそばの枯れ木に覆われた山が目当て。晩秋の山は枯れ木も含め個体によって色がバラつくので、それぞれの木が個として見えてくることがある。

2023-12-02

以前、川で撮影をしていたときに、あまりに人出が多く、個として見えていたのが群に見えた途端におもしろみを失うということに気がついた。それからは人出が多すぎるタイミングを外して撮るよう気をつけている。

個と群で関心のありようが変わるのはなぜか? 個として見えていたものが群にしか見えなくなるその臨界点はどこにあるのか?「個と群」にまつわるそれらの問いはずっと意識の底に横たわっていたが、ここ数日の撮影であらためて意識化されてきた感触がある。

「個と群」

2023-12-05

「個と群」について考えてみたいと思って撮影に出かけ、戻って写真を確認したら、高解像度ならではの質感が立ち上がっていて、そちらの方がおもしろい。

2023-12-04

意図をもって撮影に臨んでも写真がその意図を裏切る。撮った写真によって意図がどんどん横滑りする。意図したとおりに撮れるより俄然楽しい。ワクワクする。

意図に写真を従わせようとするより、撮れてしまった写真と対話するような感じで進めるほうが自分にはあっている気がする。写真が教えてくれることがあるから、ぜんぶ自力でなんとかしようと思わなくてもいい。

2023-12-05

実体験を通じ、山上付近で巻かれるガスこそが雲とわかっていながら、空を見上げたときに雲になんらかの質感を見出すのはなぜだろうということを考えている。

経験が伴わないのに、鱗雲にはモロモロとした感触を、入道雲にはある種の張りを感じるのはなぜなのか。

2023-12-06

いま見ようとしているものはもしかしたら直射の順光ではないほうが良いかも…と思ったときに、ベッヒャーのような曇天がいいだとか、晴天の順光がいいだとか、他人がもっともらしく言う「いい」を真に受けていたなと気づく。晴天の順光、陰、霞、曇天、雨上がり、湿度の高い低い…どういった環境のどういう光がフィットするか?

マウスひとつでいかようにも色を調整できてしまう時代だからこそなおさら、現場に立って現物を見て、自分の感覚を総動員して確かめたいと思う。

さあ実験だ😊

2023-12-06

枯れ木を遠くから高解像度で撮ると、ふわふわっとした質感が立ち上がる。正確には知覚のバグだと思うのだけれど、被写体が本来備えているものとは違う質感を画像に見てしまう。以前にも似たような経験をしていて、降雪を撮ったらまるでその雪が写真の表面についた霜のように見えたことがある。これも知覚のバグだと思う。そのあたりを少し深堀りしたくなって、きょうも嵐山に向かった。

雨上がり。空気にふくまれる水蒸気が逆光を拡散し、視界が霞む。いつもより目を凝らしてピントを合わせる。質感というよりむしろ不可視性を考える機会となった。過剰な光もまた可視性を損なう。
2023-12-06

原初の動機

 

なぜ写真なのか?という問いはずっとわたしの中に留まり続けていて、問答のあとで思い至ったことを記しておこうと思う。

かつて同じ問いを恩師に差し向けたことがあって、そのとき返ってきたのが「写真術に恋をしている」ということばだった。な、なんと素敵な…。それを聞いて、この人に学ぶことができて良かったと心底思ったのを覚えている。そう。気がつくと母娘で韓流アイドルの推し活をしているように、好きは感染る。つまり…感染ってしまったのだ。写真への想いが。

カメラを手にとったころはそんな感じだったと思う。それから20年あまり。写真が好きという初々しい気もちは感謝へと変わっていった。前の記事(今でもわたしは)でも触れたが、わたしにとって暗室はアジールのような場所だった。明るい太陽のもとカメラを携え世界の素晴らしさを探し歩く行為は、つらい現実から距離を置くという効果をもたらした。ある時期のわたしは、撮影や現像といった写真にまつわる行為そのものによって支えられていたと言っても過言ではない。そのことへの深い感謝がある。

それともうひとつ。

いつもお世話になっている美容師さんはわたしよりすこし年上の女性で、髪を切ってもらうあいだに交わす会話から学ぶところが多い。先日「70歳になったときにどういう働き方をしているか?」という話になり、彼女が「お客さんは年配の方も多く、これからは訪問でカットするようなことをふやしていこうと思う。髪を整えることで華やいだり、シャンと背筋が伸びるような気もちになるから」と言ったとき、ことばが自分の中の熱いものに触れるような感覚があった。

わたしが忘れかけていたもの、イメージの力だ。

イメージには力があって、間違った方向に使われることもあるけれど、ひとを喜ばせたり力づけたりすることもできる。まだ気づかれていない良さを引き出したり、これまでとは違う側面から光を当てることもできる。見落とされがちなものに価値を見出したり、既存の価値を問うこともできる。イメージの持つそういう力を信じ、誰かのため社会のためにその力を使おうと思って、わたしは視覚表現の領域に進んだ。

なぜ写真なのか?を問ううちに、写真以前、原初の動機に辿りついた。

祭りの夜に

 

先の八瀬の赦免地踊りに続き、この週末は鞍馬の火祭りを訪れた。
この祭りも最後に訪れたのは2019年で、2度目の来訪となる。

はじめて訪れたときは、祭りの熱気と燃え盛る炎に煽られ、執拗にシャッターを切っていたように思う。

今回は、写真を撮るというより祭りそのものを楽しもうと思って訪れたこともあり、鞍馬街道のほぼ最奥で軒を借りて松明が通るのを待っていた。

鞍馬の火祭りは鞍馬寺ではなく由岐神社の神事で、氏子それぞれの軒先で篝(エジ)が焚かれている。両親と同年代と思しきご夫婦が互いに相手の薪のくべ方に注文をつけあっているのを聞くとはなしに聞いていたら、なんとなく氏子同士の立ち話に加わることになっていた。

氏子のひとりが「松の枝を市原に取りに行ったんやけれど、(時節柄、マツタケ)泥棒と疑われんかと思ってな」と話しているのを聞いてあらためて各戸の篝を見てみたら、薪を山のように積んでいるもの、一定量を保ってこまめに薪を足していっているもの、それぞれの個性が滲みでているようすが見えてきた。

篝が焚かれた街道の光景を、できるだけうつくしい画に仕上げようとシャッターを切るのと、それぞれの篝にその火の守りをする人の個性を見出しながらシャッターを切るのとでは、まなざしのあり方はまったくちがう。

先の赦免地踊でも、はじめて訪れたときは切り子燈籠のうつくしさや女性に扮した少年たちの妖しさに魅了されたが、ことしは隣席の方から「今回は息子が燈籠着(燈籠をかぶって歩く役)を、夫が警固(燈籠着のそばについて燈籠を支える役)をしている」と聞いたことで、息子の頭に載せられた5kgもの燈籠を力強く支える父親の手が見えてきた。

それまで見ていなかったもの、見えていなかったものが見えるようになった、という気がしたのだ。

日頃から「見栄えのいい写真を撮ってやろうという欲は時として足枷になる」と自分を戒めてきたが、その欲はよく見ることの妨げにすらなりうると思った。

外から来訪し、フォトジェニックな被写体を追って見栄えのする光景を切り取って帰るより、その場その場で居合わせた人と関わることによって、まなざしがそれまでよりずっと丁寧に細やかになった。個別具体的なひとの営みが、以前よりよく見えるようになった。

翻ると、それまでわたしは、ひとを記号のようにとらえていたのだと思う。

わたしだけではない。その夜、祭りの場でシャッターを切っていたほとんどの来訪者が祭りの担い手を、それぞれの画面を構成する要素/匿名の存在/記号のように扱っていたのではないだろうか?さらに言えば、見知らぬ他者を画面に取り込む写真実践のすべてに同様の問いは潜んでおり、それを不問に付したまま写真は消費されてきたのではないだろうか?

個別具体的な生をもつ他者を、画面を構成するものとしてとらえること、あるいは記号のようにとらえることへの違和。近年芽生えたその違和を、なかったことにせず考え続けたいと思う。

今でもわたしは

 

今年はあいにく体育館での開催となったのだけれど、赦免地踊を観に行った。

はじめて訪れたのは4年前。
市街地から北に向かうにつれ、少しずつ空気がひんやりと、夜がその存在感をましていくように感じられた。そして、山あいの夜の暗さと静けさに圧倒され、蝋燭の灯に揺らぐ切り子燈籠のうつくしさ、女性に扮する少年たちの妖しさに魅了された。

それこそ京都は祭りの宝庫で、雅なものから勇壮なものまで多種多様な祭りがあるのに、なぜこの小さな集落の祭りにひときわ心魅かれるのだろう?と、帰宅後もしばらく考え続けていた。


この数年、訪れた土地の夜の暗さにほっとすることがある。
ここは夜が夜らしい暗さだ、と。


半月ほど前、ある人から「なぜ写真なのですか?」と尋ねられた。

わたし絵が描けないんです/学生時代、自分で問いを立てることが求められたのは写真の課題だけだった。もしその課題が写真ではなく彫刻だったら、わたしは彫刻をしていたかもしれない/暗室だけが安心して泣ける場所だった/なにか素敵なもの、それまで見たことのないようなあたらしいものの見えかた、そういったものに意識を向けながら世界をまなざすこと、太陽の下を歩くという路上スナップの行為そのものが、当時の自分のこころを支えていたように思う

そんなふうに答えたと記憶している。

「もしかして暗室は…」
言いかけた相手のことばを引き取るように、わたしは答えた。
「子宮なのかもしれません。唯一、安心できる場所でした」


山あいの夜の圧倒的な暗さと静けさ。それに抗うのではなく、折り合いをつけるかのようにひっそり執り行われる集落の祭り。自分の輪郭がほどけるような暗さと静けさのなか、揺らめく灯に誘われ、ふだんは届くことのないこころの深い場所に触れられる気がした。

ああそうか。
今でもわたしは暗く静かな場所を求めているのかもしれない。

近似

 

モノクロームは輝度のパターンで、カラーだって無数の色が数色に置き換えられたもの。どちらも近似でしかない。

無時間性

 

いつだったか、WEBでRIVERSIDEの作品を観てくださった方に「写真なんですか?絵だと思っていました。」と言われたことがあって、そのときは「写真です。」と答えたものの、編集していると絵のように見えることがある。その事象についてはなんとなくやりすごしてきたが、もしかしたら考える糸口になるかもしれないということばに出会った。

無時間性

そのことばがひっかかったのは、RIVERSIDEの編集中、信号機の赤、少年が跳び上がる瞬間や時計といった、時間を意識させるものを画面の中に見つけたときに、ハッとすることがあったから。そういうものに反応するということは、わたしは自分が撮った写真を無時間的なものと見なしているのではないか?と。

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Spring has come!
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また、はじめて展覧会を開いたときに、会場を提供してくださった企業の方から「三条大橋とか、場所の名前入れたほうが良かったんじゃないですか?」と言われたことがあり、写真が地図のように見えたんだと思ったが、地図ととらえるなら、まさに無時間的だ。

ソフトフォーカスは、写真という媒体が得意とするはずの細部描写を敢えて放棄することで、白黒写真を木炭デッサンと見紛うものに変えることもできる。だが、福原の作品の場合、ソフトフォーカスは写真を絵のように見せるためというよりは、無時間性の印象を補強するために用いられている。第一に、ソフトフォーカスの写真は、写真画像と、我々が肉眼で見ている世界の光景のあいだの差異を拡大することで、前者がまるで別世界の出来事であるかのように見せる。この別世界において、我々が暮らす世界と同じようなペースで時間が流れているのかどうか、我々には知る由もない。第二に、ソフトフォーカスの写真では多くの場合、それがごく短い時間で撮影されたことを示す証拠が画面から取り去られている。マーティンの《海老の籠を運ぶポーター》を例に見たように、人物の表情、洋服の裾といった要素は、ある写真が瞬間的に—おそらく数分の一秒以下の短い時間で—撮影されたことを示唆する。そういった要素はしばしば微細なものであり、ソフトフォーカスによって細部が抑圧されると同時に、写真から消え落ちてしまう。

(『ありのままのイメージ: スナップ美学と日本写真史』 甲斐義明著 東京大学出版会 2021 pp.27-28より抜粋)

無時間性ということばは、ソフトフォーカスの技法についての説明とあわせて出てくるが、ここで注目したいのは、瞬間的に捉えたことを示唆する微細な要素が抜け落ちると無時間性の印象が補強されるということ。

わたしは細部をとらえることにこだわりがあるからソフトフォーカスは用いないが、40mほど離れた被写体を撮るので、必然的に人物の表情や洋服の裾といった微細な情報は脱落する。(その意味では、近距離より遠距離の被写体のほうが無時間性を帯びやすいと言える)

さらに、自転車のような動く被写体は、なるべく像が流れないよう速めのシャッタースピードで撮る。すると「動き」を感じさせる要素も抜け落ちる。上述のソフトフォーカスの話とは逆に、細部をとらえようとすることが、無時間性の印象を補強することにつながっている。

いっぽう、隣接する写真が異なる瞬間に撮られたものであること(時間性)をはっきりさせておきたいという気もちもある。

プリントの工房で「雪は難しいでしょう。つなげるときに濃度が揃わないから。」と言われ、いやむしろ吹雪に緩急があって写真の濃度が揃わないほうがおもしろいと思ったときに、自分が求めているのが滑らかにつながるひとまとまり(全体)ではなく、ひとつひとつの写真が独立しつつゆるくまとまりを仮構する構造であると自覚した。そして、それぞれの写真の独立性は時間性に拠っている。

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無時間性を帯びやすい方法で撮りながら、写真どうしの関係においては時間性を拠りどころとしている。そのことが明らかになったのは前進だと思う。絵のように見えることと無時間性のつながりについては、またあらためて。

得体の知れない写真

 

先日「ある種の貪欲さ」と書いてから、自分で書いたそのことばが気になり考え続けていた。

ひとと話をしたり、展覧会をいくつか観たなかで取り戻しつつあるのは、得体の知れない写真を撮りたいという気もち。

たしかにそういう写真はこの世にあって、感情移入できるわけでも、ことばで了解できるわけでもなく、むしろ良いとは思えないのになぜか引っかかる。そういう写真を撮りたいと思っていた。

これまでに身につけた知識、同時代的な文脈、自分自身の制作の一貫性…そういったものすべてをかなぐり捨ててでも、もう一度、自分の感覚だけを頼りに世界をまさぐるようなところに戻ってみたくなった。

トレードオフ

 

コロナ禍の影響で、商業地では空きテナントが増え、そのガラスにシートや板があてがわれている光景が目立つようになった。いっぽう住宅地では、地方移住の需要を見込んだ旺盛な投資により集合住宅の建設ラッシュ。真新しいガラスがシートで覆われている光景をよく見かけるようになった。

ガラスに映る像を見ようとすると、木目やシートの皺といった支持体が介入する。
木目やシートそのものを見ようとすると、映り込む像に阻まれる。
拮抗やトレードオフといったことばが脳裏をよぎるが、トレードオフは今の社会状況をもっとも象徴することばだ、とも思う。

世界にやさしく触れる

 

三脚を立て水平垂直をあわせ、最後にファイダーを覗きながらピントリングを繊細にまわすとき、世界にやさしく触れているような感覚になる。そして、そのことで自分自身が癒やされたり救われたりしている部分が少なからずあるのかもしれない、とふと思った。なにかにそっと触れるとき、やさしさは触れる対象だけでなく自分にも向けられる。

ここで話題にしたいのは、前段のほう。
ほんのわずかでも回しすぎるとピントが甘くなるので、必然的にピントリングには繊細に触れざるをえないが、その手つきによって、事後的にやさしさが喚起されるのではないか?と。

ほぼ日刊イトイ新聞の糸井重里さんと池谷裕二さんの対談に、興味深い話がある。(https://www.1101.com/ikegaya2010/2010-10-06.html

イーと発音するときの口をしてマンガを読んだときのほうが、ウーと発音する口で読んだときよりマンガがより面白く感じられるという実験結果について。脳は外界から隔離された存在で、脳それ自体では外界のことはわからず、唯一身体を通じて理解をする。ここで言えば、脳に届くふたつの情報「笑顔をつくっているようだ(イーを発音する口)」と「マンガを読んでいる」から脳は「マンガがおもしろい」という合理的な解釈を導き出すのだそう。身体の状態が先にあって、脳はあとからそれに解釈をくわえる。

だとすれば、繊細な手つきによってやさしい気もちが喚起されることも、あり得ない話ではない。

もうひとつ。
日日是好日という映画で、「お茶はまず『形』から。先に『形』を作っておいて、その入れ物に後から『心』が入るものなのよ。」という台詞があった。ふるまいが先にあって、心は後からついてくる。そのことを、先人たちはよく知っていたのかもしれない。

ありのまま

 

フェルメールと天才科学者 17世紀オランダの「光と視覚」の革命』に、もうひとつ気になった箇所がある。

望遠鏡と顕微鏡の発明によって、今まで肉眼で見ることのできなかったものが見られるようになり、人々は「見えない世界がある」ことを知った。もちろん、それが周知され受け容れられるまでにはさまざまな葛藤があったが、もうひとつ、この時代に生まれた新しい考え方があった。そのことについて記しておきたい。

当時の自然哲学者たちが、それまで見たこともないまったく新しいものを見たとき、ある困難に直面した。具体的な事例が紹介されている箇所をいくつか抜き出してみよう。

月の表面に見える斑点はクレーターと山の影だとガリレオが見抜くことができたのは、遠近法を学んでいたからだけではない。コペルニクスの地動説を支持していたからでもあったのだ。古代から続くアリストテレス的な宇宙観では、地球は天界の中心にあり、地球を周回するすべての天体は発光性の〈アイテール(エーテル)〉で構成されているとしていた。この宇宙観を頭から信じているものの眼には月の表面は真っ平で輝いているように見え、クレーターや山があるようには見ることができなかった。見えているのに見えてないと考えるようにしているわけではない。先入観が視覚に影響を及ぼし、本当にそう見えていなかったのだ。彼らは輝く月の表面にある斑点が雲に見え、もしくは質の悪いレンズのせいでまだらに見えると考えてしまう。しかしそんな古い考え方に囚われずに、地球も月も太陽を周回する天体だとするコペルニクスの説を受け入れると、月にも地球のように山があったりクレーターがあったりしてもおかしくないと思えるようになるのだ。

フェルメールと天才科学者 17世紀オランダの「光と視覚」の革命』(ローラ・J・スナイダー著 黒木章人訳 原書房 2019 p171より抜粋)

血液のなかに赤血球を発見したとき、実際には真ん中が窪んだのっぺりしたかたちなのにもかかわらず、彼の眼には球形に見えた。そう見えたのはファン・レーウェンフックだけではなかった。この時代に赤血球を観察したものは、誰もがみな球形だと述べた。ヤン・スワンメルダムもミュッセンブルーク兄弟も王立協会のフェローたちも、全員が赤血球は球状だと言った。みんながみんな、そんなかたちのはずだと思っていたからだ。(同書 pp416-417より抜粋)

一六七八年に哲学者のジョン・ロックと共にイヌの精子の観察をしていたときのことだ。ロックには、精子の尻尾がなかなか見えなかった。「私には、どうしてもきわめて小さなビーズ球にしか見えなかった」ロックはそう告白している。ファン・レーウェンフックは、自分もあらゆる物質の構成要素がどうしても球状に見えていたことを思い出した。ロバート・ボイルたちが唱えていた、すべての物質は粒子によってできているという〈粒子仮説〉に囚われていたからだ。ファン・レーウェンフックは、何もかもが丸く見えてしまう自分の心と闘い、ようやく精子の尻尾が見えるようになった。(同書 p417より抜粋)

まったく新しいものを見るというのは、そうたやすいことではなかったのだ。

 一七世紀の自然哲学者たちは自然界をありのままに見ようとした。これまで信じてきた、自分の支持する説やそれ以外の説には頼ろうとはしなかった。しかし新たな光学機器による観察がどれほど難しくても、観察して見えたものが強固な信念や説に反するものだとしても、見えたそのままに見るためには心の鍛錬が必要だった。それが大きな問題だということを理解していたガリレオは「実際の眼だけでなく心の眼もつかって見なければならない」と述べている。先入観や思い込み、そして願望すらも、実際に眼に見えているものではなく、何か別のものを見せてしまうことを理解しなければならないのだ。(同書 p172より抜粋)

つまり、この時代の自然哲学者たちは「ものの見方は固定観念に影響される」ということを理解しなければならなかった。そして、これこそがまさにこの時代に生まれた考え方だという。新しい世界が(外に)ひらけたことにより、見る側のもののとらえ方(内側)の瑕疵が浮かび上がったというのは興味深い。

それはさておき、この箇所を読んだとき、既視感(既読感?)のようなものを覚えた。似たようなフレーズをどこかで…。そう、モダニズム写真の倫理だ。

エヴァンスに象徴されるモダニズム写真の倫理とは、人間的な意味や表象のフィルターを通さず、カメラ・アイによって対象物自体をじかにありのままに、クリアに撮ること、つまり透明性、純粋性、裸の倫理である。それは、人間の色眼鏡を超えた、汚れなき曇りなきカメラ・アイによってのみ到達可能な「ありのままの世界」、社会の価値や表象の体系の彼方に存在する「ありのまま」のリアリティに対する倫理なのだ。

プルラモン―単数にして複数の存在』(清水穰著 現代思潮新社 2011 p48より抜粋)

「ありのまま」にたどりつけない原因(眼を曇らせるもの)を、片方は先入観や固定観念、願望に、片方は意味や表象のフィルターに求め、それを克服する方法を、片方は心の鍛錬に、片方はカメラ・アイに求めている。まるで相似形のようではないか。

正直なところ、モダニズム写真の倫理を実感として理解するのは難しかった。なんで人間が見ることをそこまで否定するのか? どうしてそんなにカメラ・アイに期待するのか? わたしにはさっぱりわからなかった。けれど、17世紀のパラダイムシフトによってもたらされた考え方や、当時の経験がその下地にあるとすれば、少し理解の方途が見えた気がする。

しつこく抜粋したように、17世紀の自然哲学者たちは具体的な困難を経験していた。赤血球が球状にしか見えなかったり、精子の尻尾がなかなか見えなかったり…それらの困難を克服しようと「ありのまま」に見るための心のありようを模索した。その経緯はよく理解できる。では、モダニズム写真の倫理が生まれる背景にはどのような困難があったのか。何を克服しようとしたのか。

なだらかに

 

写真の下部ではブツブツのついたシートを見ているはずが、上部に向かうにつれなだらかに、意識はガラスに反射する風景のほうに向き、シートそのものからは後退する。映像の支持体になると、ものの質感や存在感を感じられにくくなるのだろうか?

なだらかに

夜、車窓から外を見ようと思っても、光の反射が邪魔をしてなかなか外を見ることができない。幼いころに経験したそういうもどかしさに少し似ているかもしれない。

見ようとしてもなかなか見えない。

コピーのコピーのそのまたコピー

 

透けて見える、あるいは何かを通してものを見ることに関心があり、岡田温司さんの『半透明の美学』(岩波書店 2010)を繙いた。

まず、自分がスナップでよく撮る、窓、影、覆い(ヴェール)といったものが、実に古典的なモチーフであることをあらためて認識し、さらにいくつかの興味深い記述にも巡りあう。そのひとつが、絵画の起源について。

戦地に赴く恋人の影をなぞったのが絵画の起源(プリニウス)
痕跡
生前イエスがハンカチに顔を当てると、そこに染みのような痕跡として残ったとされ、それがイコンの起源として語り継がれてきた(キリスト教)
鏡像
水面に映る自分の姿に恋をしてしまったギリシア神話の美少年ナルキッソスが絵画の発明者とみなされる(アルベルティ)

これら三つの神話が紹介されたあと、以下のように続く。

 影と痕跡と鏡像、これら絵画の起源とされるものを、それぞれ別のことば、とくに作用を意味する用語で言い換えるとすれば、順に、投影(プロジェクション)、接触(タッチ)、反省ー反射(リフレクション)ということになるだろう。

 さて、これらの神話で興味深いのは、いずれも、絵画的イメージが、対象を直に模写したり模倣したりした結果によるものではなくて、媒介物をあいだにはさむことによって生まれたとされていることである。投影にせよ接触にせよ反省ー反射にせよ、それらの作用によってあらかじめ二重化されたものが、対象と絵のあいだの媒介項として想定されているのである。パースの記号論を援用するなら、絵画はもともと、類似にもとづくイコン記号としてでも、約束にもとづくシンボル記号としてでもなく、因果関係にもとづくインデックス記号として誕生した、ということになるだろう。周知のように、プラトンは、この世の事物をイデア界のコピーにすぎないととらえ、そのまたコピーが絵画にほかならない、したがって絵画はイデアからかけ離れることはなはだしいと難じていたのだが、それどころか、これらの神話をプラトン流に読み替えると、コピーのコピーのそのまたコピーということになるだろう。

(『半透明の美学』岩波書店 岡田温司著 2010 p18より抜粋)

今さらながら、対象を直接描いたんじゃなかったんだ!ということに驚く。
とりわけ、ひとつめの影については、なんでわざわざ影?直接描いたものではだめなの?と思ったけれど、よくよく考えてみると、戦地に赴く恋人を見送る立場であれば、「恋人由来の何か」「より直接的に恋人の存在を感じられるもの」を所有することが重要なのだろう。絵画は恋人がその場にいなくても想像で描くことができるが、影は恋人がその場にいなければなぞることができない。存在から得られるもの(存在がなければ得られないもの)。だから影でなければならなかったのだ。

写真の文脈で何度も出てくる、インデックスという言葉。その意味をわかったつもりでいたけれど、ここにきてようやく腑に落ちた。

ちょうど今の時期、太陽が低く影が長く伸びる季節は、ときに一瞥しただけでは何の影かがわからなかったり、ものより影のほうが存在感を示すことがある。そういったものと影の乖離や反転、両者が識別不能なまでに混じりあう様にわたしはどうしようもなく惹かれているが、イメージの起源にまで遡れば、大切な存在をより直接的に感じるための影うつしであった、と。

見えているのに見えていないこと

 

15年分のスナップ総ざらえも、あと少し。

ステキと思って撮ったのでは「ない」もの。なんかようわからんけど気になるわと思って撮ったものばかりを集めてみると、自分の関心がどこにあるのかが少しクリアになってきた。

視覚のくせ(エラー)が垣間見えるような場面、画面要素の拮抗状態、前後関係の撹乱をはじめとする識別不可能性。見えなさ。

フェンス(ネット)より手前に突き出ている枝に対しては、立体感や奥行きを感じたりディテールを見ることができるのに、フェンスより奥のものに対しては、奥行きや立体感を感じたりディテールを見ることができない。

むしろフェンスがつくる平面に像がペッタリ吸着されているような気さえする。脳内では面の認識が優先されているのだろうか?

こういった見えているのに見えていないこと。見えなさ。

備忘録

 
  1. 写真が奥行きを約めてしまうことによる見えの変容
  2. 平面、あるいは平面が仮構された状況。及び、その平面への介入
  3. 透けてみえる対象が映像のように感じること(質感の混在が原因?)奥行きが失われるように感じること

人間の視覚では捉えられない無意識の世界をレンズが〜という話ではなく、ひとは見ているつもりになっているが、そもそも目の前にあるものすらあまり見ていない、とあらためて。

視線、羞恥、欲望

 

松本卓也さんの『享楽社会論: 現代ラカン派の展開』(人文書院 2018)の第6章2節 視線と羞恥の構造に、とてもおもしろい記述を見つけた。

“視線が恥(羞恥)を生み出すメカニズムは、一体どのようなものだろうか。視線は、どのように恥ずかしさを生み出すのだろうか。”という書き出しではじまるこの節は、まなざしについての示唆に富んでいる。

なかでも、水着の女性のグラビアを見るときに感じない恥ずかしさを、実際に水着の女性が目の前にいると「目のやり場に困る」と恥ずかしさを感じるのはなぜかという問いから導かれる以下の論考がおもしろい。

水着の女性を「見る」ことそれ自体が恥ずかしいのではない。また、見ることによってその女性を「知る」ことが恥ずかしいのでもない。むしろ、その女性を見る際に、自分のことが知られてしまうのが恥ずかしいのである。女性の身体のどこを見るかによって私たちの欲望が知られてしまうこと。つまり、自分の視線が水着の女性を見ることによって、自分の欲望を知られてしまうことが恥ずかしいのである。それゆえ、「見ること=知ること」という等式を恥ずかしさのメカニズムとして考えるならば、その場合「知る」という行為の目的語は相手ではなくて私たち自身である。(「私が他者を知る」のではなく、「私が他者によって知られる」)という主客の逆転があることによく注意しておかなければならない。

(同書 pp.182-183から抜粋 *太字は本文の傍点箇所です)

その先には、カメラマンについての言及も続く。

(前略)さきに、水着の女性のグラビアを見ることは、見ている側に恥ずかしさを生じさせない、と述べた。窃視症は、これとよく似ている。というのは、窃視症者自身は壁を一枚隔てたところに隠れており、自分のことが相手に知られることがないからである。これは、写真の基本的な構造ともよく似ている。カメラマンは、カメラを用いて「壁」をつくり、被写体を含む外界から隔離されることができるからである。それゆえ、窃視症者やカメラマンには恥ずかしさは生じないのである。

(同書 pp.188から抜粋)

さらに、もう少しだけ抜きだすと、

(前略)カメラマンは、自分と被写体とのあいだにカメラという「壁」を挟むことによって、安全な位置を確保している。グラビアの水着女性が私たちを非難してこないのと同じように、カメラマンも、カメラという「壁」の向こうから攻撃されることはない。覗き魔が隠れる「壁」と同じように、カメラがきわめて安全な位置を提供してくれるのである。(後略)

(同書 pp.188から抜粋)

窃視症との関連でカメラが引き合いに出されたことに少し戸惑いを覚えたが、よくよく考えてみると、撮影対象の中にひとが入っている場面では、たしかに「覗いている」ような気もちになることがある。作品制作においては、あいだに川を挟んでいることもあって、被写体(に含まれている人物)からコミュニケーションをとられる可能性はないし、そもそも被写体に撮られていると悟られることも少ないが、それでも一方的にカメラを向けていることに対する疚しさはぬぐえない。とりわけ、二作目からはひとの営みが画面に写り込むことを意識しているので、なおのこと、疚しくないとは言い難い。

もう少し、写真に引き寄せて考えると、カメラという「壁」によって被写体に対しては隠される撮影者の欲望(見たい、見せたい)は、撮られた写真によって(どういう構図でどこにピントをあわせているかで)事後的に露呈する。しかし、中心的な対象をもたないフラットな画面構成であれば、撮影者の欲望はどこまでも隠し続けられる。

ここでわたしに突きつけられたのは、そういうフラットな画面構成を採用するその背景に、自分の欲望を知られたくないという強い恥の意識、あるいは自分の欲望を知られることに対する強い恐れがあるのではないか?という問いである。

平行移動

 

ウェルビーイングの設計論-人がよりよく生きるための情報技術』からの流れで読み始めた本の中に、興味深いフレーズを見つけた。

以下、『謎床: 思考が発酵する編集術』(松岡正剛、ドミニク・チェン著 晶文社 2017)より抜粋

ドミニク

「うつる」がおもしろいのは、写真の「写」だし、映像の「映」だし、しかも移動の「移」ですね。

(p125より抜粋)

松岡

平行移動に近い。バーチャルもリアルも混在して平行移動していくんですね。日本はスーパーフラット状態なんですね。ですから、浮世絵のようなああいうスーパーフラットな絵が描ける。そこに村上隆も関心をもったのだと思いますが、こちら側と向こう側が同じ大きさで描いてある。奥村政信や広重や華山ぐらいから少し遠近法が入りますが、それまでは全部同じ大きさですね。

 もともと、「源氏物語絵巻」などの吹抜屋台画法で描かれる王朝の絵巻のパースペクティブがフラットにできているんです。それとも関係があるし、鈴木清順が自作の映画の中で解明していましたが、日本の空間は視線が水平移動するんです。バニシング・ポイントがないんですよ。

ドミニク

ああ、絵巻とかは本当にそうですよね。

松岡

一点透視にならない。だから「モナ・リザ」のようなああいう絵は生まれない。バニシング・ポイントをもたず、フラットに平行移動しながらすべてを解釈していく。絵巻は右から左へ見ていきますが、そうしたあり方が日本の物語、ナラティヴィティを成立させているとも言えるわけです。どこもかもがフラットなので始まりと終わりも曖昧で、どこからでも話を始められる。その代表的なものが『伊勢物語』で、そこには伊勢が出てこない。在原業平が東下りしているだけ、平行移動しているだけの話です。

(p127より抜粋)

ちょうどスクロール用のスクリプトを調整しているさなかに、このくだりに出くわした。

バニシング・ポイントをもたず、フラットに平行移動しながらすべてを解釈していく
バニシング・ポイントがあると、どうしてもそこに視線がひっぱられる。フラットな画面だと構成要素の吸引力が等しくなり、視線が自由になる。画面の構成要素の力関係。

どこもかもがフラットなので始まりと終わりも曖昧で、どこからでも話を始められる

ディスプレイがもっと高解像度になれば、プリントにこだわらなくてもいいかもしれない。ブラウザベースであれば、映像と違い縦横比は自由自在。ループ再生で好きなところから見て、好きなところで見終えるのもよし。そんなことを考えていたところだった。

作品が長いので、展示では空間にあわせて作品を端折ることがある。ふつう、空間にあわせて作品の一部を切ったりはしない。それこそ、展示空間の都合でモナ・リザの右端を切り落としたりはしないだろう。なのに、端折ることにまったく躊躇を感じなかった。「必ずしも全部を見せなくてもいい、と思うのはどうしてだろう?」とずっと不思議に思っていた。はじめに選んだ形式(フラットであること)によって、すでに、さまざまなこと(自分の態度まで!)が決まっていたのかもしれない。

日本の物語の構造までは考えたことはなかったけれど、媒体(絵巻)の形状が、物語のあり方を規定するということは、大いにありうることだろう。まずは『伊勢物語』を読むところから。

第3形態

 
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たまに見かけるマトリョーシュカスタイルのミキサー車

作品のポータブルな形態として、最初は冊子、それから折本にしてみたけれど、
ロシアで撮影した作品はあまりに長く、折本に仕立てるのすら難しいと判断。で、第3形態、巻子。

わたしは、日本美術の影響を多分に受けている、という自覚がある。先行する写真作品群よりずっと深いレベルで、日本美術の影響を受けている、と思っている。

でも、それは画面の構造的な問題であって、テイストとして和を取り入れることや、安易なエキゾチシズムに回収されるような表現は、絶対に避けたいと思っている。そういうこともあって、巻子の形態を採用するのに過剰なほど警戒心を持っていたのだけれど、巻子は固定されたフレームを持たないという点で、作品にもっとも適した形態である、と、ある日ふっと腹に落ちた。

実際作ってみると、巻子は、シンプルな構造でありながら大量の情報を輸送することができる、非常に優秀なアナログツールだと思う。一方、リニア編集とか、シーケンシャルアクセス、ということばを久しぶりに思い出すくらい、「前から順に」しか目標にたどり着けない、まどろっこしさもある。(カセットテープを思い出した)

そして、手で繰ってみた実感として、わたしの作品には巻子の形態がいちばんしっくりきている。
写真集を…と長らく思っていたけれど、作品の性質として、そもそも冊子には向いていないのかもしれない。

魔術のような世界だった

 

部屋の整理をしていると、古い印画紙の箱と一緒に、大学時代、暗室で焼いたモノクロの写真が出てきた。

いま見ると拙いものばかりだけれど、せっかくなので何枚か残そうと選びながら、印画紙の質感っていいなぁ、と感じ入る。たぶん、当時のわたしはそんなふうには思っていなかった。

グラフィックデザインを志して進学したにもかかわらず、ずぶずぶと写真にはまり込んでしまった理由のひとつは、暗室作業が好きだったから。

暗室での作業が、ただただ楽しかった。
赤いランプの下、現像液のゆらめきの中で像が浮かび上がる瞬間がものすごく好きだった。もしかしたら、しあがった写真より、像の生まれる魔術的な瞬間を愛していたのかもしれない。

暗室の隣には立派なスタジオもあって、あるとき恩師がその重厚な扉に穴を穿ち、スタジオをまるっとカメラ・オブスキュラに仕立ててしまった。その小さい穴から射し込む光が結ぶ、さかさまの像は、それこそ魔術的だった。

すっかり忘れていたけれど、写真をはじめた頃、わたしにとって写真は、魔術のような世界だった。
作品云々よりずっと手前のところで、その魔術性に魅了されてしまったのだと思う。

フルデジタル化して、ずいぶん遠のいてしまったな。
もう一度、暗室作業、やってみようかな。

ふんわり漂うのは沈丁花の香り

 

ふんわり漂うのは沈丁花の香り。
ついつい惹き寄せられる。

いいにおい。

春のあたたかい陽射しにくるまれるのも心地がいい。

あるときはストライプに、あるときはまだらに落ちる光と影。
くぐるようにそこを通り抜けるのもまた、楽しい。

ふと思う。
シャッターを切るときのトリガーは、必ずしも視覚によるものではない、と。

いま、ここ、にわたしの感覚を総動員しているのに、
写真におさめて「視覚に縮約する」とはどういうことだろうか。

動くものを見る

 

昔、教習所で「動くものに視線をとられるから、フロントガラスに揺れるものをぶら下げないように」と言われたことを思い出したのは、降雪の中で撮影をしていたとき。ピントをあわせるために被写体を凝視しても、雪のチラつきにずいぶん注意を奪われることに気がついた。

それから、人は動くものに、(本人たちが思っているよりもずっと強く)注意がそがれてしまうのではないか、と考えるようになった。逆に言えば、写真の「静止していること」がもたらす効果は、想像以上に大きいのではないか、と。

静止しているからこそ、つぶさに観察ができる。
誰もが知っている、ごくあたりまえのことだけれど、これは案外、重要なことではないだろうか。

先日、ふと手に取った本にいくつか視覚に関する興味深い記述を見つけた。

適切な条件下で、ある映像を左目に、別の映像を右目に同時に見せられると、その両方を何らかの重なり合った形で見ることはなく、一方の映像だけが知覚される。そして、しばらくするともう一方の映像が見え、その後再び最初の映像が見えるというように、二つの映像が際限なく切り替わる。

 しかしコッホのグループは、片方の目に変化する映像を、もう片方の目に静止した映像を見せられると、変化する映像のほうだけが見え、静止した映像はけっして見えないことを発見した。つまり、右目に、卓球をしている2匹のサルのビデオを、左目に100ドル札の写真を見せられると、左目はその写真のデータを記録して脳に伝えているにもかかわらず、本人はその写真に気づかない。

(『しらずしらず――あなたの9割を支配する「無意識」を科学する』レナード・ムロディナウ著 水谷淳訳 2013 ダイヤモンド社 p56より抜粋)

このあと、変化する映像が優先的に意識にのぼり、変化しない映像は無意識の領域で処理されるという話につながっていくが、無意識の話はさておき、変化する(動く)映像のほうしか意識にのぼらないというのはすごいな、と思う。

それほどまでに、視覚のなかで「動き」が優先して処理されるとは思っていなかったから、ただただ驚いた。

七夕の夜

 

七夕の夜、珍しく母に作品の話をした。

フレームの中に何を選びとり、そして、焦点によってどの奥行きを選んで際立たせるか。写真は徹底して「選ぶ」ことに依拠しているけれど、フレームとピントによる選択を無効化してもそれでも作品として成立するだろうか?ということを考え続けている。と。

母に話したのはそこまでだけれど、選択を無効化するということを目指しながらも、それでもやはり周到に避けている(選ばないでいる)ものがあることには薄々気がついていて、最近は、何を撮るかより何をフレームからはずしているか、に関心が向いている。

先日、IZU PHOTO MUSEUMでフィオナ・タンの《Accent》を観た。

戦後、検閲は廃止され、報道の自由が保障されるようになったが、アメリカは検閲を行い、日本人の愛国心をかきたてるおそれがあるとして、映画から富士山のシーンを削除した。そして、その検閲は日本国民には知らされず、富士山の削除自体がわたしたちの認識から削除されていた。

わたしが展示室に入ったのは、おおよそ、そのような内容のセリフが語られているシーンだった。(正確にセリフを覚えていない)

少し面食らった。

時間軸(タイムライン)から削除されたり、フレームからはずされたりしたものがある、ということに、ふつう人は気づけない。

さまざまな情報戦が繰り広げられるこの時世に、はずされたものについて考える重みをずっしりと感じた。

認知と文化

 

先の『ピダハン―― 「言語本能」を超える文化と世界観』(ダニエル・L・エヴェレット著 屋代通子訳 みすず書房 2012)から、認知と文化に関する記述で気になったところを書き留めておく。

“写真を読み取るという一見ごく誰でもできそうなことの背景にも、文化が色濃く関わっている”

アナコンダを流木と見誤ったこの経験から、わたしは心理学者がとうの昔に知っていた事実を教わった。認知とは学習されるものなのだ。わたしたちは世界をふたつの観点から見聞きし、感じ取る。理論家としての視点と宇宙の住人としての視点と。それもわたしたちの経験と予測に照らし合せて見ているのであって、実際にあるがままの姿で世界を見てとることはほとんど、いやまったくと言っていいほどないのである。
(p.314から抜粋)

わたしのような都会人は、道を歩く時には車や自転車、ほかの歩行者には注意を払うが、爬虫類を警戒はしない。ジャングルの道を歩くときに何に気をつければいいのか、わたしにはわからない。この夜のことも、認知と文化に関する教訓であったわけだが、とはいえそのときにはそれをはっきり意識していたわけではなかった。わたしたちは誰しも、自分たちの育った文化が教えたやり方で世界を見る。けれどももし、文化に引きずられてわたしたちの視野が制限されるとするなら、その視野が役に立たない環境においては、文化が世界の見方をゆがめ、わたしたちを不利な状況に追いやることになる。
(pp.345-346から抜粋)

都市の文化的社会ではジャングル暮らしの秘訣が身につかないように、ピダハンのジャングルを基盤とした文化では都会生活への備えがうまく身につかない。西洋文明育ちなら子どもでもわかるようなことが、ピダハンにはわからない場合もある。たとえば、ピダハンは絵や写真といった二次元のものが解読できない。写真を渡されると横向きにしたりさかさまにしたりして、ここにはいったい何が見えるはずなのかとわたしに尋ねてきたりする。近年彼らも写真を目にする機会が増えてきたので、だいぶ慣れてはきたが、それでも二次元描写を読み解くのは、彼らには難儀なようだ。(後略)

写真を読み取るという一見ごく誰でもできそうなことの背景にも、文化が色濃く関わっていることが、ここからもわかる。
(pp.347-348から抜粋)

見えないもの/見えるもの

 

そもそも偶像とは何でしょうか。それは「見えないもの」を「見えるもの」にしたものだと、ひとまずはいえます。神という見えないものを見えるようにしたのが偶像なのです。

 これをマリオンは「眼差しが支配する」と表現しています。われわれの眼差しが、対象を自分に引き寄せ、それで像を作ってしまう。本当は見えない神を「まあ、このあたりでいいだろう」と考えて作ってしまうわけです。このことは、実際に像を作ることだけではなくて、われわれのものの考え方においても、見えないものを見えるレベルまで落として拝んでいることにつながってきます。

(中略)

 ここまで語ってきた「偶像」に対して、マリオンはもうひとつ「イコン」という概念を考えます。古代ギリシア語では「アイコーン」で、似姿やイメージを指す言葉です。有名なのは聖書や聖人などの逸話を描いた聖画像ですね。カトリックにもありますが、東方教会がよく知られています。イコンというと、聖人は描かれますが、神は出てきません。神を描くのはやはりまずいわけですね。マリオンの考えでは、イコンにおいても見えざる神様への通路があるのです。「見えないものがある」というふうに描いていくのが画家の腕で、見えるものから見えないものへと無限に遡行して近づいていくのが、こうした聖画像の特徴です。

 ここで整理すると、見えないものを見えるもののレベルまで押し下げてしまったのが、「偶像」でした。いっぽう「イコン」は、見えるものから見えないものへ遡っていきます。

(『贈与の哲学―ジャン=リュック・マリオンの思想 (La science sauvage de poche)』岩野卓司著 丸善出版 2014 p138-p139,p142-143より抜粋)

少し遠出をして散策した場所が、昔見た作品の撮られた現場であることに気づいた(あ、ここか!)のがつい最近のこと。

そしてこのテキストのおかげで、ようやく10年前に見た作品のことが少しわかりかけている。その展示では、細心の注意を払わないと見えないこと、見えるものを通して見えないものの存在が垣間見えること…そういうさまざまな「見る」を構造的に扱っていた、と。

当時は、写真の美しさや世界観だけで充分成立しているように思えたのだけれど。

怪我の功名?

 

あろうことか、デジタルカメラを全滅させてしまい、久しぶりにアナログの35mmを持って出かける。しかもフルマニュアル機。これが思いのほか新鮮やった。

露出を測って、絞りとシャッタースピードを全部手であわせるので、スナップにしてはずいぶん手間がかかるけれど、手間がかかる分、何を撮りたくて、何を撮りたくないかのフィルタリングが厳しくなる。

デジタルのスナップだと刺激に応じて矢継ぎ早に撮っていたのが、アナログのフルマニュアル機だと、撮りたいと思ってから撮るまでに溜めができて、被写体との関わりが少し変容するように思う。浅い呼吸が、少し深くなるような感じかな。ちょっとスピードを落としてみるのも悪くないなと思う。

小さな劇場

 

見てすぐにパシャっと撮るのではなく、
三脚を立ててピントをあわせるのにじっとファインダーをのぞいていると、
ファインダーの中に、人やものがこまごまと動く小さな劇場みたいなのが出現する。
(たぶん、あまり遠近法的な構図ではない場合によく出現すると思う)

デジタルのファインダーだと、それが映像のようにも見えるのだけれど、
中判を使っていた頃から、なんかこの暗いハコの中に小さな劇場があるな、とうすうす気づいていた。

そして、その小さな劇場の中で人が動いたり、ものが動いたりしている様が、なんとも愛おしいのだ。
もう、実に実に愛おしい。

雪の中、対岸の建物のタイルの目地を目安にピントをあわせながら、
ピントをあわせるために凝視する、その所作にともなう時間に「幅」があるからこそ、その小さな劇場の存在に気づけるのかもしれないな、と、あらためて思った。

近づく、遠のく

 

昨日、何組かの展示を眺めながら、近くで見るよりも、遠のいて見たほうが映えるものがあるなぁ…と思ったのがきっかけになったか。

近づいたほうが、対象をよりよく把握できる場合と、遠のいたほうが、よりよく把握できる場合がある。特にノイズが入る場合は、遠のくほうが把握しやすくなるのかもしれない。今日は、そういうことを考えてながら歩いていた。

そして、ふと友人の作品を思い出す。遠のいて見たらすごい作品やった。

フレーミング

 

フレーミングについて前から考えていたこと。

画面の中の何らかを際立たせるために、撮影者は画面からさまざまなものを排除する。
物理的なフレーミングと抽象的なフレーミングで。

なるべくフレームを意識させないような体裁を採用し、
できるだけ排除しない、という見せかけをしているにもかかわらず、
そこにフレーミングは存在している。

自分は何を排除しているのか。

物理的な矩形によるフレーミング
徹底的に排除するのは、此岸の情報。
対岸にフォーカスするためには、撮影者の置かれている状況を示すものは排除
撮影者と被写体との関係性を見えなくすることで、撮影者の存在をできるかぎり見えなくする。

ピント位置による奥行きの中でのフレーミング
ある奥行きにピントをあわせ、その奥行きにあるもの以外をぼかすことで、
ある奥行きにピークをつくる。わたしはこの方法はとってはいない。

撮影条件の選択による抽象的なフレーミング
くっきりとした画を得るために、悪天候は忌避。
逆光や、順光でも影が濃すぎる状況は忌避。
長時間露光による被写体のブレも極力避けている。

何が周到に排除されているのか、完成物を見せられた者が想像するのはほんとうに難しい。
おそろしいほど無防備に、画面の中の世界をありのままに信じてしまうきわどさ。
この夏、経験したばかりではないか。

写真のドキュメント性を手放さないのであれば、
自分が何をフレームアウトしているかを自覚しなければ。

今まであたりまえに選択してきたフレームをゆさぶることはできないだろうか。
それが今、興味を持っていること。

実は、かなり戸惑っている。

 

たとえば、部屋に差し込む光がいいなぁと思って、カメラを構える。

ピントをあわせようとすると、カメラが自動的に拡大して見せてくれるから、数メートル先のカーテンの織のパターンまでしっかり把握できる。

確かにピントはものすごくシビアにあわせられるんやけど、最初に撮ろうとカメラを構えた欲望が何だったのかを忘れてしまうくらい、突如違う視覚にすり替えられる。

カメラを構えたつもりが、顕微鏡やったんか!と思うくらいの、不思議な経験。

ひとは慣れた道具を使うとき、自分の身体感覚を道具と一体化させたり拡張させたりする(※)、というけれど、わたしはこの機械と、どこまで身体感覚を一体化させられるのだろうか。

実は、かなり戸惑っている。

※『〈身〉の構造―身体論を超えて』

撮影禁止

 

重森三玲の庭が見られるということで、真如院の特別拝観へ。
撮影禁止だったから、気がついたことを手帳にメモ。

スケッチは下手だけど、それでもいざ描きとめはじめると、
連鎖的にいろんなことが気になりだして、植木の刈り込み方までじっくり観察。

いろんな色と形の石を組み合わせることでリズムをつくっているな、とか、うろこ石が上流部分で二手に分かれていて、囲んでいる石がグリーン系の場所ではうろこ石もグリーンっぽいもの。囲んでいる岩がマゼンタ系の場所ではうろこ石もマゼンタ系のものを配置しているな…とか。

普段はそこまで見ていないかもしれない。

カメラを構えているときは、
対象そのものに対しては、早々と「了解」してしまって、
それよりも、どうすれば良い写真になるか、どうすれば対象を魅力的にとらえられるか、
ということを中心に考えている気がする。
実はあまり対象そのものに注意を払っていないのかもしれない。

もしかしたら、今日は、撮影禁止だったからこそ、気づいたこと、多かったんじゃなかろうか。

久しぶりにドキドキした。

 

写真を見るしかた、というのはいろいろあると思うのだけれど、
抽象的な意味だとか、画面からたちのぼるニュアンスの伝達、というのではなく、
ただただ映っている像を具体的に見る、ということ自体のおもしろさ。
というのがある、と私は信じていて、それを探りたいというのが、
川のシリーズをしつこくしつこく続けている理由だと思う。

対岸のバーが窓辺に並べているウイスキーのラベル、自転車のリム、洗濯物を取り入れるご婦人だとか。

そういう像をただただ具体的に詳細を見ることのおもしろさ。

その意味で、昨日見た定点観測の写真集はのっけから面白かった。
画面のあちこちで建物が壊されては建つという変化が起こっているから、細部から目が離せない。まったく油断ができない。

「定点観測というのは、なにかひとつの建物がつくりはじめてからできあがるまで、だけれど、自分の写真はそうではない。万物の流転。」
と作家が明確に意図を語っているように、ひとつの大きなストーリーに回収されてしまわない定点観測。

同じものを、異なる時間に何度も撮影する以上、そこには何らかのストーリーが生まれるが、画面中にそのストーリーが無数に畳み込まれている。

言いかえれば、画面内の無数のストーリーを等価にとらえる定点観測。

前後の写真の差異(時間変化)をトリガーとして、地と図の転倒が起こること。
それが、画面のそこここで起こっているから、
いったん写真集として完結しているものの、ここにさらに新しい写真が加わることで、今ある写真の読み方がかわる可能性にひらかれていること。

久しぶりにドキドキした。

この数日で思い改めたこと。

 

無意識に排除しているものをひとつひとつ検証しよう、ということと、
撮ったものの画面の上で何が起こっているのかを、徹底的に見直すこと。
ささやかな気づきを、気づきのままで放置せずに掘り下げること。

この数日で思い改めたこと。

ザラっとした感覚

 

前に、友人とミラーレス一眼の話をしていたとき、否定的な意見の中で、友人のひとりは、映像の微妙な遅れを問題にし、わたしは液晶の像でピントをあわすことの難しさを問題にしていた。

今日、ふとその話を思い出したのは、ピントをあわせる最後の段階になると、「見る」のモードが、ものの肌理や質感を確かめるモードになっていることに気づいたから。

ピントがあっているかどうかの判断は、視覚というより、輪郭がキリっと際立つときに感じるザラっとした感覚、むしろ触覚に近い感覚をあてにしているといったほうが、正確かもしれない。

普通にものを見るときのモードではない気がする。だから液晶画面を介しても正確にその感覚が作動するか、を、すごく不安に感じている。

ひと

 

水曜日のテレビ番組で、「行政の大きなお金を使って大きなモニュメンタルな建築をつくって、本当にひとのためになっているのか?と自問していたことや、難民キャンプや震災の現場で紙管の構造体が利用されたことで、建築がひとの役に立つことを実感した」という坂茂さんの話が印象に残っていた。

そして翌日、建築事務所を営む友人とご飯を食べながら話していたときに、その友人が、「最近、自分はかわってきたと思う。以前は綺麗なものが好きで、自分の設計した建物に趣味の悪いタンスが置かれてたらいやだなぁと思ったけれど、最近そういうのは気にならなくなった。むしろ、そこにひとがいることこそが大事やと思うようになった。」と言っていた。

どちらも、もの(作品)ではなく、ひとを中心に据えるというところで、共通していると思う。立て続けにそういう話を聞いたので、今日はずっとそのことばかり考えていた。では、写真はどうなのか?

もうひとつ、彼女に訊かれた「最終的にはどういうものを撮っていこうと思っているのか?」という問いも、意外と鋭く刺さっている。たぶん、いまの段階ではわからない。風景/ポートレイト/うんぬん…という既存の分類の中のひとつを選ぶような選択にはならないと思う。得手-不得手や、撮るもの-撮らないものはあるけれど、もっと違う分節の仕方をすると思う。その場では、そういうことをうまく説明できなかった。

彼女の問いはドキッとしたけれど、ものすごく嬉しかった。学生時代は仲間同士で相手の制作の核心に近いところまで遠慮なく切り込むことも多かったけれど、最近そういう問いを投げかけてくれる人はめっきり減った。
あるいは、わたし自身が避けていたのかもしれない。

3年分のサンプル

 

2010年の撮影分は明らかに使えないのではずして、2008-2009-2011の3年分のサンプルを作成。

2008年は17時スタート。2009年と2011年は18時スタート。当初は、もっとなだらかなグラデーションを描いて暗くなっていくものと思っていたら、ほんの数コマを撮っているうちにガクンと暗くなるということがわかった。

同じ風景でもつなぎ方でずいぶん違いが出てくることもわかった。

撮影するごとに気になることが出てきて、そのたびに改善はしているけれど、2008年から計4回撮っているので、もう仕上げの作業に入ろうと思う。スタートを少し早めにして、撮影のピッチを細かくする。

映画的なるもの

 

ホックニーの本を読んでから、また少し絵巻のことが気になって、高畑勲さんの『十二世紀のアニメーション―国宝絵巻物に見る映画的・アニメ的なるもの』を取り寄せた。合点がいくところと、絵巻の技術の妙にうならせられるところがたくさん。

まずは、『信貴山縁起絵巻』で絵画としては奇妙な構図がなぜ採用されているのか?という箇所。

『信貴山縁起』の、鉢の外に導かれた倉は画面上端を大きくはみだして飛び、米俵の列は上端ぎりぎりに沿って遠ざかる(飛倉の巻)。また尼公は、空白に等しい霧の画面の下端を、見逃しそうな大きさで歩む(尼公の巻)。とくに尼公と米俵の列は、その場の主人公であるにもかかわらず、画面の隅に小さく押しやられているだけでなく、まるで紙の端でその一部が切断されたかのようだ。
これらの大胆な表現は、その箇所を抜き出してただの静止した「絵画」として鑑賞すれば、いかにも奇妙で不安定な構図に見えかねない。
しかし、絵巻を実際に繰り展げながら見進んでこれらの箇所に出会えば、なんの不自然さも感じないばかりか、この不安定な構図表現こそが、物語をありありと推進していく原動力となっていることに気づく。
なぜこのようなことが起こるのだろうか。
それは、ひとことで言えば、連続式絵巻が、アニメーション映画同様、絵画でありながら「絵画」ではなく、「映画」を先取りした「時間的視覚芸術」だからである。
映画では、人物が画面を出たり入ったりする(フレームアウト・フレームイン)。しばしば人や物を画面枠からはみださせ、背中から撮り、部分的に断ち切る。ときには空虚な空間を写しだす。映画では、たとえ画面の構図を安定させても、そのなかを出入りし動くモノ次第で、たちまちその安定は失われてしまう。
右に挙げた二例も、絵巻を「映画的なるもの」と考えれば、まず、モノ(尼公と米俵の列)抜きの構図があって、そこをモノが自由に行き来して構図の安定を破るのは当然なのである。
(『十二世紀のアニメーション―国宝絵巻物に見る映画的・アニメ的なるもの』高畑勲 徳間書店 1999 p51より抜粋)

ここで2点。

以前、展覧会を見られた方から、「一本のシネフィルムを見るようでした」という感想をいただいていたことを思い出した。
観者の意識を細部に誘うために「全体を一望できないかたちで展示して、見ているのが部分でしかないという認識を観者に持たせる」という目論みだったのが、制作者の意図を越えて、観者に「時間性」を感じさせた。展示をしてみてはじめて、時間性というキーワードがわたしの認識にのぼった。が、そもそも絵巻という形式それ自体が、時間性を持っているということを確認したのが一つ。

もうひとつは、絵巻から離れるけれど、ずっと以前に、動画を撮って再生と静止を繰り返して、被写体が見切れる構図は、写真の世界ではあまり見かけない構図やなぁと新鮮に感じ、実験を繰りかえしていたことを思い出した。(「見切れるフレーミング」)動画のコマを前後の脈絡から切り離して、一コマだけ抜き出して写真として見ようとすると、とても奇妙に見えるのだ。動画が要請する構図と、静止画が要請する構図は、まったく異なるものだということをここで再確認。この件は、もっと掘り下げる余地がある。
絵巻は、動画が要請する構図を採用しながらも静止している、というマージナルな存在であり、だからこそ絵巻の特徴をつぶさに観察することで、静止画(あるいは動画)の形式が暗黙のうちに要請し、わたしたちが盲目的に従っている文法のようなものを明らかにできるかもしれない、と思う。

Secret Knowledge

 

David Hockneyの『Secret Knowledge(秘密の知識)』を精読する。

彼の仮説は、

  1. 画家による光学機器の使用は1420年代にフランドル地方にて始まった(鏡のレンズ)
  2. 16世紀には、個々の画家が実際に用いたかどうかは別として、ほとんどの画家が光学機器を用いた映像の影響を受けている

というもの。すでに確証されたフェルメールのカメラ・オブスクーラの使用より、はるかに早い時期に光学機器が用いられており、それがかなりの影響力を持っていたという。いずれも仮説なので、ことの真偽は留保しておくにしても、とても興味深い内容だった。

前からカメラ・オブスクーラの存在は知っていたけれど、わたしはごく一部の画家が部分的に用いた補助的な道具というニュアンスで受けとめていた。著者は実際に、明るいところにモデルを座らせ、暗い部屋でその像を写しとる実験をしている。その実験の様子を見て、はじめて「光学機器の使用」がどういうことかを理解した。

暗い部屋の中で、紙の上に投影された映像の輪郭をなぞっていたのだ。それは描くというより、写しとる作業に近い。画家が独自の線を生み出すという思い込みが崩れた。わたしにとっては、光学機器の使用がはじまった時期云々より、画家の光学機器の使い方が明らかになったことのほうがよっぽど衝撃的だった。

印画紙が発明されるまで、いわば画家たちはカメラの中で映像を画布に写しとっていたということになる。写真のフィールドからすると、射程に入れるべき映像の歴史が4世紀ほど前倒しになる可能性が出てきたのだ。

カメラが19世紀に発明されたと誤解している人は少なくない。カメラは発明ではなく、自然現象である。暗い部屋の雨戸に小さな穴が開いていれば、それだけで光学的な映像の投影はごく自然に起こる。カメラ・オブスクーラとは文字通り「暗室」を意味する。レンズも鏡も必要ではない。ただしそのままでは映像は薄暗いか、ぼんやりしているか、あるいはその両方である。大きな開口部にレンズを取り付けると、映像はずっと明るくなり、ピントも鮮明にあわせることができる。「写真」の発明とは、じつはカメラの内部に投影される情景を定着する化学薬品の発明にほかならない。しかしカメラのなかに投影された映像は、写真以前の何百年にもわたり、人びとの目に触れてきた。

(『Secret Knowledge(秘密の知識)』David Hockney著 青幻舎 2006 p200から抜粋)

35mmのフィルムカメラ

 

35mmのフィルムカメラ

友人に譲ってもらったminoltaのフィルムカメラを持って撮影にでかける。
contaxのRTS2がオシャカになってからだから、久しぶりのフィルムカメラでのスナップ。電池も不要のこのカメラは、露出を自分で設定しないといけないから、うすぐもり、露出が安定している今日みたいな日は撮影しやすいと思う。

シャッター音が、ちゃんと機構が働いている音のようで清々しい。仕上がりを見てみないとわからないけれど、けっこう相性の良いカメラだと思う。

フィルムも現像料もどんどん高くなっていって、いずれフィルム撮影が「道楽」と呼ばれる日が来るのだろうけど、フィルムカメラが要求する作法が、普段なおざりにしていることを見つめ直すきっかけにもなるので、わたしにはまだまだ必要なものだと思う。

備忘録

 

思っていたより晴れていたので、一部夕陽が逆光になる場面あり。少し撮影ポジションをズラして対応。建物の窓に反射する夕陽に対応するのが難しかった。歩行者、自転車の往来が例年より多かった。

2011年7月23日(土)
17:50〜21:30
絞り8.0
シャッタースピード 1/60〜2min
79コマ(有効数70くらい)

音を楽しむなんて意味はない

 

「そもそもmusicに音を楽しむなんて意味はないのよ。日本人が勝手に音という字と楽しむという字を充てただけで、楽しもうとなんてしなくていいの。」

中学生のころ、声楽の先生に言われたことを思い出した。
これから音楽の世界を志そうと思っている中学生にとっては、酷なことばに思えた。

でも、photograph(photo 光の graph 描かれたもの)に‘写真’ということばをあてがった際に前提とした「真を写す」という考え方が、そののちもたらした影響の大きさを考えると、ことば自体を疑ってみるというのも、悪くないのかもしれないと思う。

画像、という呼び方のほうがよっぽどシンプルだしね。

ペラリン

 

カメラ屋に行って、3Dデジカメで遊んでみる。いやぁ、おもしろいわ。

手前に物体A、奥に物体Bがあるとすると、AとBとの前後関係がすごく強調されて、AとBの間にある奥行きの空間はすごく意識されるんだけれど、AとBそのものの奥行きや量感があまり感じられなくて、物体そのものはペラリンとした感じ。

不思議だ。

ステレオ写真とかが流行った時代の視覚が、復権してきたともとれる。ちょっとおもしろくなりそう。

老い

 

(前略)とりわけ、十九世紀に入って地球全体が世界資本主義の網の目にとらえられていく過程では、生産力の向上、技術革新、国際的規模での分業体系の深化、商品輸出や資本輸出のための市場争奪戦と帝国主義戦争の勃発、第二次大戦以降ではとくに西欧資本主義国間の貿易競争や商品開発競争の激化、といった現象が次から次へと展開し、この過程にまき込まれる個々人の日常生活は多忙をきわめるだけでなく、人生の浮沈も激しい。個人の人生は、経済という戦場で闘う戦士の人生のごときものであって、こういう個人に要求される資質は身体頑健、決断力、つねに生き生きしていることであり、つまるところ、若さである。経済戦争は老人ではやりぬけない。戦士は、つねに青年であり、せいぜい年をくってもかぎりなく青年的な壮年者でなくてはならない。経済戦争に耐えることのできないものは、たとえ若者であっても、老人であり、本物の老人がこの戦いで勝ちぬける見込みははじめから閉ざされている。近代や現代の経済生活では、老人であることはつねにマイナスの価値であり、老いの価値ははじめから極小値をとる。

 偏見をはなれていえば、幼年、青年、壮年、老年といったライフ・サイクルの各時期の間に価値の上下はない。本来は、それぞれの人生局面にはそれ固有の意義があるはずであり、子供と老人は社会のクズで、青年や壮年が社会の大黒柱だということはありえない。純粋に肉体的にみれば、若い者が強いのはあたり前だ。しかし肉体的に強いことと価値的に高いこととは、ストレートには結びつかない。にもかかわらず、近現代社会では、肉体的強さ=若さと価値観的プラス性とがストレートに結びついてしまった。それは個人の先入見とか、物の考え方の軽薄さといったものではない。近代市民社会とそれをドライブする資本主義市場経済が生みだしたイデオロギーこそ、老いの価値低下をひきおこしてきたし、今もそうである。

(『精神の政治学―作る精神とは何か (Fukutake Books)』今村仁司著 福武書店 1989 p141-142から抜粋)

もう20年以上も前に書かれた本。21年前だと、わたしは14歳か。両親がそろそろ「介護」に向き合わなければならなくなりはじめた頃に書かれたものだ。

それでも、この文章がそんなに古く感じられないのは、この20年の間に、老いを支える制度はそれなりに整いつつあっても、老いをとらえる人びとの意識それ自体は、それほど変わっていないからだと思う。

昔、撮影を依頼された商品が「アンチエイジング」を謳う化粧品だった。宣材写真を撮るのははじめてのことだったから、撮り方を教えてもらおうと思って頼んでいたひとに、まっこうから拒絶された。

肩こりの薬が肩こりに効くというのは単に効能を示すもの。
でも、アンチエイジングは、イデオロギーだ。
あなたはそれに加担するのですか?
と。

その時点では、まったく意味がわからなかった。
けれど、今ならよくわかる。

今夜は虫の音

 

昨夜とうってかわって、今夜は虫の音。
重なり合って、まったく音の輪郭がとれないから、擬音にすらならぬ。

カタカタカタカタカタカタ…

昨日よりは、音が混じり合う感触。
秋の夜長、虫の音にくるまれ、スキャニング。

あ、雨が降ってきたみたい。

あるコマから突然色が安定しなくなっているから、補正に時間をとられているけれど、今夜90コマ目までスキャンできたら、先ゆきが明るい。

スキャン待ちの時間に読んでいた『映像人類学の冒険』もそろそろ終盤に。きもち敬遠気味だった『知覚の宙吊り』を手もとに引き寄せてみる。

まだ雨の匂いはしない。

 

カタカタカタカタ…

小刻みなスキャナの音と、まったく異質な雨音が、違った層で響いている。

音のレイヤー構造。

こんなにゆっくり耳を澄まして雨音をきくこと自体、ずいぶん久しぶり。

好い夜だ。

84コマ目のスキャン。残り30コマをきる。

雨音をきくとき、その地面との衝突のぴちゃっと跳ねる様子、湿り気、そういったものをまるごと感じている、という話を現象学の講義できいたのを思い出す。

まだ雨の匂いはしない。

何度もくるくる、

 

早めに出て由比に寄り、名産の桜えびの”かきあげ丼”で腹ごしらえをしてから、IZU PHOTO MUSEUMに向かう。

木村友紀さんの展示。

作品点数こそ多くなかったものの、あまりに面白くて、何度もくるくる会場をまわってしまった。

複数の要素で構成される作品群。
たとえば写真Aに映っている窓辺の色紙3色と、写真Aの上に置いてある写真Bに映っている車の色3色とにが呼応し、なおかつ写真Aに映っている椅子と、そっくりの椅子が、写真Aを乗せている台と組み合わされていたり、と、複雑に要素が絡み合っている。

写真の前にどかっと植物が置いてあって、それがいかにも写真の中の世界にも置いてありそうな植物で、それが邪魔でイメージが見れないけれど、なんだかしっくりしてもいる。

そうやって、写真と現実のモノが介入しあっているのが、ものすごくおもしろい。

そして、離れた場所に展示してある作品Cにも、写真Aの作品で使った椅子と同じ椅子が使われていたり、写真Aがまた別の場所の展示では、別のモノとの関係性で別の作品として存在している、音楽でいうところの変奏のような展開の仕方であったり…(ここまで書いていてことばで説明する難しさを痛感…是非一度見てみてください)

いろんな関係の可能性が、見るたびに発見されるのがおもしろかった。

木村友紀さんの作品は、展示よりも展示写真を見ることのほうが多かったので、難解そうな印象を抱いていたのだけれど、今回、じっくり見てみて、実際に展示を見ることのうちに、その可能性の多くが含まれているのだとわかった。

‘新しいルール’を感じさせる作品群。

駿河平は遠かったけれど、行って良かったと思う。

今年の夏はいろいろ作品を見たけれど、いちばん刺激的で、そしていちばん考えさせられる展示だった。

そしてやっと70コマ

 

数点ずつ毎日スキャン、というコツコツ作戦で、08年春の撮影分、113点中、70点スキャン終了。残り1/3ほど。

スキャンに40分、そのあとの保存にいやに時間がかかる。HDDの残量が少ないからだろうか…。

暑い夏にスキャニング三昧。
せめてもうちょっと涼しくなってくれないかなぁ…

贅沢な夏

 

結局、昨日、もう一度、原のエグルストン展に行った。

6月に見に行った時点では図録が発売されておらず、図録を調達しがてら…のつもりが、図録に掲載されている画像の、妙にきついシャープネスが気になったので断念する。

結局、展示をもう一度ゆっくり見ることに。

この夏は、原で2回、谷中で1回、都合3回、エグルストンの展示を見た。
贅沢な夏だったと思う。

原の展示ではドローイングもあわせて展示されていたが、エグルストンの目には、ドローイングのような色面の構成、それも動きをともなった色の世界に見えているのだろうか…

ということと、

70年代の作品と、近作で、画面の構成の仕方が、がらっとかわっていること。

70年代にカラーで作品を出したときの状況をもっと具体的に想像ができたらいいのに、という思いと、それが、どのような変遷を経て、近作のようになってきたのかを、きちんと追いたい。

線をなぞる / 山手通り

 

会期末だということに気づき、あわてて、畠山直哉さんの「線をなぞる / 山手通り」を見に行く。

線をなぞる、のシリーズは、どう見たら良いのか、少し戸惑う。

空間の尋常ではない入り組み方が、写真によって平面に写し取られたことで変位するようなところが気になる。すっきりしない感じで、これはしばらく気になり続けるだろうなぁ。

Slow Glassのほうは、もっと素直に見る。

水滴のひとつひとつが、それぞれが独立したスクリーンであることが、発見のひとつ。

ガラス越しの背景にぼやけて見える像と、水滴に映る輪郭のはっきりとした、しかしデフォルメされた像との対比がおもしろい、と思った。

写真に写しでもしなければ、こんなに真剣に窓の水滴を凝視することはないから、やっぱり写真っておもしろい。

ある視点から見た光景を留めおくことによって、ディテールを凝視することができる、というのが、写真のおもしろさのひとつだと確信している。

赤いシャツに赤いキャップ

 

仕事のあとのその足で、SCAI THE BATHHOUSEにウイリアム・エグルストンの展示を観に行く。
猛暑日の午後、暑い中よくもこんなに…と思うほど、ギャラリーは若いお客さんで盛況。

ふと脇を通り抜ける男性。赤いシャツに赤いキャップ。
一度もじかに会ったことはないけれど、ひと目でそのひととわかった。

中平卓馬さん。

小柄な体躯から、独特の緊張感が放たれていた。

気後れがして、挨拶も握手もお願いができなかったけれど、その後ろ姿になんとなく”ごりやく”がありそうな気が(笑)。今日行って良かったー。夏の太陽に負けなくって良かったー。

原の展示と同じ作品もいくつかあったけれど、ギャラリーの展示にしては、ずいぶん充実した内容。
もう一度、客の少ない日にゆっくり見に行こう。

DVDも欲しいなぁ…

少し遅めスタート

 

19時に撮影をスタートする。少し遅れたかなぁ…とか。

長時間露光の途中にひとや自転車が横切ることが多かったので、遮光板を持ち込んだのは大正解だったと思う。昨年は、その度に、撮り直しをしていたから、その分、撮影も早く進められる。

今年は、最後のコマの位置でカップルが花火をしていたのが、良かったなぁ。

2008年から3年、17時スタート、18時スタート、19時スタートで撮ったから、並べて見比べてみようと思う。

川がずいぶん増水していたけれど、とにもかくにも、雨が降らないで良かった。

◆備忘録
撮影 7/18 19:00〜22:30
60コマ前後(220のフィルム 3本以内で納まる)
F8.0 1/4〜2min

撮影の準備

 

しばらくぶりの中判での撮影。
準備をしていて、フィルムの種類が減っていることに気づく。
NS160は、5本セットでしか売ってないし…

うまいこと梅雨が明けてくれたので、この週末のうちに撮りたい。
ずいぶん体力が落ちてるやろなぁ…

いろいろ問題含みの現状。
なんとか整理して、早くもとのペースに戻したいものです。

レンズフードが届く

 

例年よりひと月ほど遅いのだけれど、日没の時刻は3分しか変わらないということがわかり、今年も”夏の夜”の撮影をする。

少なくとも、去年の反省を活かしたいので、今年はレンズフードを調達。昨年のネガには、相当変な方向からの光が入っていた、と思われる。

あとは、ストップウォッチと、遮光板の用意。今週末にはテスト撮影をし、来週本番。
久しぶりにブローニーのフィルムも買わなければならない。撮影までにもう少し体力をつけておかないと。
スケジュールが具体的になると、俄然やる気になる。

エグルストン日和

 

原美術館のウィリアム・エグルストン展

ほどよい日よりだったので、少し遠出。
原美術館のウィリアム・エグルストン展を見に行く。

まさにエグルストン日和。

展示している作品を見るのは初めて。
思っていた以上に、色の組み合わせが綺麗。

こんなに世の中は色に溢れていて、なのに、見落としている色、見過ごしている色がなんと多いことか。
被写体の捉え方に、ティルマンスを想起する。
わたしたちの世代は、エグルストンよりも先にティルマンスに出会っているのだ。

帰り道は、いつもよりほんの少し、色が、多く見えた。

運動方向

 

2008年春のフィルムを再スキャンするところからはじめようと思う。

計113コマ。

ディテール、時間性という要素で認識していたけれど、ここで、被写体の運動方向という要素が浮上する。

よし、買い出しから戻ったら作業をはじめよう。

数ヶ月のロス

 

2010年の上半期も終わりに近づいている。
今年は数ヶ月単位でロスが発生している。

今年の夏は撮影できるだろうか。

それより前に、考えなければならないことがある。
まったく同じような手法で撮っていても、2008年に撮った春の作品と、
2008年、2009年の夏の夕刻に撮った作品の本質は違う。

それぞれ、どういう大きさでどういう見せ方をするのがいいのか、とかいうことを、もう一度考え直している。考えても答えが出なければ手を動かしてみよう。

(4つめはおぼろ月)

 

まったく別件で、デジタルブックを作成するツールを探していて、zoomifyというソフトを見つけたので、先日できた2009年撮影のラフで試してみる。

zoomifyで書き出して、mediaboxを使って設置するのに、半日ほどかかってしまったけれど、このツールは使えると思う。本当に便利な世の中になったものだ。

露光時間のせいで変形した月が、たぶん4つ映ってる。(4つめはおぼろ月)

カップルは等間隔か? その2

 

58カット。歌舞練場前。(の切り抜き)

カップルは等間隔か?

1ケ所広く間が空いてるのは、きっと1組立ち去ったに違いない。

カップルを狙って撮っているわけではないんだけど、映っていると気になるなぁ…。夏の風物詩、現代版の風俗絵巻みたいなところやよね。

カップルは等間隔か?

 

3コマ並べて、前後のコマと比べながら色の補正を進めている。こう横に並べると、ひとつ気になることがある。

鴨川のカップルは等間隔に並ぶ、というのは、本当だろうか?

カップルは等間隔か?

狭めだけどきっちり等間隔の場所と、ちょっと広めで等間隔を保っている場所とがある。全体的に等間隔なんじゃなくて、局所的に等間隔が保たれている様子。妙に律儀な感じがなんだか可笑しい。

長時間露光なので、動く被写体は輪郭がはっきり映っていないけれど、いろんなこと(顔だとか、何をしているのだとか)が判定できないくらいほうが、かえってありがたいのかもしれない。

暗い時間のコマは色補正が難しくて、なかなか作業がはかどりません。つい脱線してしまう。

不審な青い光が横に5つ

 

50コマ目。
唐突に不審な青い光が横に5つ等間隔にならんでいるのを見つける。

まさか…

昔、五条のカフェでマユミちゃんとお茶をしていたとき、わざわざ奥の席から、窓辺に席を移してもらったのに、マユミちゃん、コーヒーカップを持ちながら、悠然と、「川、死体がようさん見えるわ」と言うてたことを思い出す。(わたしには何も見えませんでした。)

夏に鴨川で写真撮って何も写り込まへんわけがないわな…
とは思っていたけれど、ついに来たか。

露光中にライトをつけた自転車が前を通ったり、なかなか撮影条件が悪かったので、そういうのが原因かな、とも思ったけれど、それだと規則的に5つ等間隔に並んだりはしない。

まずは、ネガのチェック。現像ムラではない。

ライトボックスでじぃっと見る。
スキャンしたデータも見る。

ん?

正面の建物の照明が5つ等間隔で並んどる。
不審な5つの点と、中心に対して対角くらいの位置にあるし、なんだゴーストか。

良かった。
いや、良くはないけれど、原因がわかって良かった。

それでも、相手は夏の鴨川。
一旦、気持ちがオカルトモードに入ると、編集するのが少し怖い。

写真という二〇世紀メディア

 

本日はスキャナがすこぶる不調。

昨年の暮れに『負ける建築』(隈研吾著 岩波書店 2004年)を読んでから、わたしは 、けっこう長い間思考停止していたんじゃないかと思っている。

そのくらい、すっきりとして批判的な文章であり、なによりも、この本を貫く作家の批評的な姿勢に学ぶところが大きかった。

いちばん興味深かったのは、20世紀の建築-経済-政治の関係についての記述で、写真と直接関係ないのだけれど、建築の立場から書かれた「写真の性質」についての記述は少し気になったので、抜き出しておこう。

 ライトの根本にも「建築の民主主義」があったことは間違いがない。その証拠に彼は自由で流動的な空間に着目し、生涯、人間を拘束しない自由な空間を追求し続けた。しかし、同時に、空間の性状、空間の流動性を、二〇世紀の支配的メディア(すなわち写真)を使って伝達することがいかに困難であるかも、ライトは熟知していた。それゆえ彼はフォトジェニックな建築エレメントである空中にはり出したキャンティレバーをしばしば用いた。

 写真は空間を伝達することには、不向きだった。空間は形態的ヴォキャブラリーに変換されて、初めて写真上に表現される。大きくはり出した屋根やスラブの形態を見て、人はやっとのことで、その空間の流動を感知することができる。キャンティレバーという形態を通じて、屋内と屋外が相互に浸透しあう様子を感知できる。特に写真のフレームの端部にうつされたキャンティレバーは、広角レンズの生み出す歪みによって、一層、その空中への大胆な持ち出しを強調するのである。ロビー邸(一九〇九年)(図17参照)はそのようにして「傑作」となった。あるいは、ライトが三〇年代のユーソニアン住宅と呼ばれる一連の住宅でしばしば試みたように(図30)、木製の横羽目板に、さらに水平のボーダーを打ちつけることではじめて、水平の流れは誇張され、空間の流動性は写真的に伝達された。写真という二〇世紀メディアは、二〇世紀建築のデザインの方向性を逆向きに規定したのである。

(『負ける建築』 隈研吾著 岩波書店 2004年 p107から抜粋)

建築は、重く大きい建築物そのものを動かすことはできないから、その流通においては、いちばん写真に頼らざるを得ない分野であり、それだけに、写真の特性に対してシビアに、あるいは敏感にならざるを得ない、ということを知る。

写真を撮る側からは、差し出された被写体に対して、写真の特性をどう有利に働かせるか、というアプローチをとるのだけれど、その逆のアプローチ—写真の特性に応じて、被写体自体の形状が決定づけられるということ—が、建築という規模(テレビ映りを気にして痩せるタレントの比ではなく)で行われていることに驚き、そして、写真というメディアの持つ影響力の大きさをあらためて思い知らされた。

けっこうマゼンタ

 

本日はキャリブレーション初め。(変なの)

現像に出していたフィルムを京都駅に引き取りに行く。
ちょうど夕暮れどきだったので、自転車からおりて、街の色をたしかめながら、てくてく。

今日の収穫。「夕暮れの街は、けっこうマゼンタに寄っている」

写真の色補正をしていて、夕方から夜にかけての写真が、妙にマゼンタ寄りに仕上がるな…と思っていたら、実際の景色もけっこうマゼンタに寄っているのだ。

魚拓

 

新年は二日からこもって作業。

1点1点、水平垂直を調整してると、被写体に対して正面からきっちり撮れているか否かということが重要になるので、魚拓のようなものを扱っている印象を受ける。

shootしたもの、というよりstampしたもの、という感じ。

夜景はやっぱり難しくて、昼間撮ったものより、よっぽどフレている。撮影時は、どんどん露出がかわるし、夜で露光時間が長い分、撮影時間も長くなるから、焦りもあるんだろうけれど、思っていたより精度が悪い。春までに、改善案を考えよう。

地獄草子絵巻

 

2009年初夏撮影のフィルムをスキャニング中。

高解像度のスキャニングでは、ずいぶん待ち時間があるのだけれど、あまりPCに負担をかける作業はできないので、しぜん、ネットで調べものをしたり、読書をしたり、ということになる。

画面がスクロールするという点で、絵巻物の表現がとても気になっていて、ネットで「絵巻物」で検索をかけると、こんなページが見つかった。

絵巻物データベース

早速、地獄草子絵巻をクリックする。

なんとまぁ…

春画と見まごうような赤裸々な性表現。
たまに性的な表現が出てくる、とかではなくて、全体的にそういうことになっとる…。

こういった美術作品をwebで詳細に閲覧できるというのも贅沢なことやと思うし、この横スクロールで表示のできるシステムが、良いなぁ。

昔、作品を見せるためにFLASHで横スクロールさせようと試みたけれど、読み込む画像の幅に制約があって、全体をスクロールさせることができなかった。

RIVERSIDEについては、はじめからつなげようと思って撮ったのではなくて、川向こうの光景をぽつりぽつり撮っているうちに、この被写体群を前にフレーミングする意味を見いだせなかったから、つなげることにした、といういきさつで、はじまったものだから、四角い枠で区切ってフレーミングした状態で作品を見せることに戸惑いがある。

お、やっとスキャニングが終った。

スキャンした画像を拡大して、現場で肉眼では確認できなかったディテールや、予期せぬものが写っているのを見るのが楽しい。顕微鏡で風景を見るような感じです。

夜景やから、ひとが動いたところとかは、ふわっと光の帯みたいになっているけれど、動かないものは、やっぱりくっきり輪郭が写っている。中判の解像力ってすごいなぁ。

もうひとりのリサちゃん

 

アルバム、と言えば、リサちゃんを思い出す。
Bobbin Robbinのお客さんで、もうひとりリサちゃんがいて、
(向こうから見たら、わたしのほうがもうひとりのリサちゃんなんだけど…)
そのリサちゃんは写真家で、そのときちょうどギャラリーで個展を開いていた。

結婚式の写真をハンドメイドのアルバムにまとめたものを展示していたと記憶しているけれど、愛嬌のあるアルバムとは裏腹に、写真が鋭かったのが印象に残っている。
鋭く、それでいて、凛としたうつくしさの備わっている写真だった。
わたしがもし間違って結婚式をあげることにでもなったら、
迷うことなく彼女に撮影を頼むだろう。

自分もまた、撮った写真をアルバムに仕立てる依頼を受けたので、
ふと、彼女のことを思い出してしまった。

もうひとりのリサちゃんは、今ごろどうしているんだろう。

アルバム

 

純白のウエディングアルバム

昨日仕上がったアルバムに一晩重しをかけてプレスをしていました。
これでやっとアルバム完成。大きな瑕疵もなく仕上がったのでほっとしました。大きさは22cm正方くらい。

アルバム底面

表紙はBobbinRobbinでひと目惚れした薔薇の刺繍の入った白い布でくるんでいます。見返しは濃いグリーンのタント。扉にはペールグリーンのトレーシングペーパーをあしらっています。グリーンにこだわるのは、写真の撮影場所がLe Vent Vert(緑の家)だったから。前日にノムラテーラーで買った草っぽい紐も無事栞として採用されました。栞の主張が強いので、花ぎれは抑えめにして白色のものを。

アルバム上面

本文の厚みがあまりなかったので、表紙のボリュームと不釣り合いになるんじゃないかと少し不安だったけれど、サワイちゃんがうまく丸背にしてくれて、おさまりよくなりました。色が沈みすぎじゃないかと思っていた見返しの濃いグリーンも、白いボリュームの中にスッと差し色のように見えて◎

紙のT目、Y目もだいたい間違わずに判断できるようにもなっているし、細かい作法を忘れないうちに、もうひとつくらいつくらないと、教えてもらった技術が定着しないな、と思うので、目前に控えている仕事がひと段落したら、作品をまとめたものを製本することも考えておこう。(欲が出てきてる…)

スギモトさんの工房でのポイントレクチャーにはじまり、わたしのアルバムでも布の裏打ちからはじめて、丸二日、つきっきりで教えてくれたサワイちゃんに、深く感謝。どうもありがとう。

リズム

 

作品とはまた別で、まとまった量の写真を編集する機会をいただいた。

複数の写真が配置されることによってうみだされるリズム、とか、仮構される、時間性、空間性。作業をしているうちに、だんだんそういうことが気になってきた。

実際にはまったく脈絡のない写真でも、並べると、それぞれの文脈とはまったく別の、あたらしい意味がうまれたりする。

おもしろいのだけれど、おそろしい、とも思う。

トーンカーブの日々

 

トーンカーブと格闘するうちに、夏が終わる。

写真は、撮った後が大変、ということがよくわかった。

色はほんとに難しい。相当色の偏った写真ばかりだったから、苦労したというのもあるけれど…
どうやったら、もっとスピードと精度、あがるんだろう…

夜景は難しいわ。

 

昨年撮ったのをいったん編集して、まわりの人に見せたら、「もっと夜景を見たい」と言われ、夏至のころ、再撮影。

撮影開始時間を1時間ほど遅らせる。

暗くなると露光時間が長くなるから、いろいろ問題が出てくる。
ライトをつけて容赦なくカメラの前を通り過ぎる自転車、とか。
いちゃつくカップルが増える、とか。

ほぼ50m間隔で三脚を立てて撮っているのだけれど、いいポジションには必ずはげしくいちゃつくカップルが居座っている。

一度撮ったものの仕上がりを見ながら、いろいろ検討中。
夜景は難しいわ。

工作中

 

ずいぶん長い間、書きそびれているな、と思っていたら、2ヶ月もあいてたのか…。

作業内容をノートにメモするようにしたら、それでことたりてしまっていた。

つないだ写真のラフを出力して、何の気なしに、蛇腹折りにして、手のひらサイズにしてみたら、これが意外とよい感じだったので、工作にのめりこむ。

PCで作業するより、実際モノを触っているほうが楽しいな。

晴れの日は撮影に出るほうが気分いいし、PCでの作業は、実際のところ、工程のなかでいちばんストレスフルなのだろう(いちばん重要だけど)。

そうはいっても、製本の目処がたったら、PC作業に戻らないといけない。

明日は、友人と一緒に杉本博司の展覧会を見て、場所を四ツ橋に移して、別の友人の展示を見て、東急ハンズに製本の道具を探しに行って、帰りに紙も選んでくる。

あと、できれば道頓堀の《とんぼりリバーウォーク》も見てみる。

土、日、と雨が続いたら、月曜の朝の光は綺麗だろうな。あまり欲張らずに早めに帰宅しよう。

まず青から順に届けられる。

 

早朝の撮影。
いちにちの始まりは、まず青から順に届けられる。

そのあとミドリが。黄色が。
そうして最後にやっと赤が。

まだまだ低すぎる露出とにらみあい、
かじかむ手を缶コーヒーであたためながら、
世界のことを少し知った。

シロムク

 

神式の挙式には参列したことがないので、いちど式の流れを見ておきたい、と思って、大安だったし、護王神社に二度目の下見に向かう。

建物の構造的に正面から新郎新婦を撮るのが難しいこととか、蛍光灯と外光のミックス光だとか、どのあたりにポジショニングすれば、儀式の邪魔にならないかとか、そういうことをひととおり確認。

わたしと並んで挙式を見ていた参拝客の方と「シロムクって良いですね。この神社も落ち着いていて良いですよね。」という話をしていると、「じゃぁ、あなたもここで式を挙げたらいいじゃない。わたし見にくるわ。」と言われてしまった。

ひゃぁ…。

もともと落ち着いた雰囲気の神社だったからかもしれないけれど、商業の匂いがプンプンしていたり、うわっつらにたくさんのイメージ(やイデオロギー)をかぶせて甘くコーティングした、カタカナのブライダルやウエディング、とは違う、まっとうな儀式としての結婚式だった。

お宮参りの延長としてとらえたら、幼い頃から見守ってもらっている神様の前で、婚姻の儀式を執り行うというのは、人間の成長のなかで都度神様と関わりゆく、長い時間軸のなかのひとつのステップとしての経験であり、それは、ことさらに「トクベツな瞬間」を強調するブライダル産業のありようとは、一線を画しているように思う。

まっとうな記録写真を撮ります。

見落とす

 

ふだんあまり映画は観ないほうなのだけれど、ふらっと立ち寄った三月書房で、その挑発的な「まえがき」にそそられて思わず買ってしまった一冊『映画の構造分析』(内田樹著 晶文社 2003)。5年前の大学院の講義ではわからなかった映画のナニが、これですっきり。

 無知というのは、何かを「うっかり見落とす」ことではなく、何かを「見つめ過ぎて」いるせいで、それ以外のものを見ない状態のことです。それは不注意ではなく、むしろ過度の集中と固執の効果なのです。

視線について、欲望について、そして、作品構造の重層的な分析、映画の構造のあまりの深さに恐れ入った、というのが正直なところ。

それにひきかえ、大多数の写真とそれにまつわる言説はあまりに素朴すぎやしないだろうか?

 私たちが隠れている何かを組織的に見落とすのは、抑圧の効果なのです。
 ですから、抑圧の効果を免れるただ一つの方法は、自分の眼に「ありのままの現実」として映現する風景は、私たちが何かから組織的に眼を逸らしていることによって成立しているという事実をいついかなるときも忘れないこと、それだけです。

写真が、組織的に見落としているもの、眼を逸らしているものって何だろうな。

0.5

 

撮った写真のうちどのくらいが、作品になるのですか?という問いに、

0.5%くらいかな
とそのひとが答えたことを思い出した。

ネガチェックをしてみて、実際そんなもんなんだなぁ、という実感があって、全然、撮り足りていない、ということもよくわかった。

そのものがなんであるか、ということよりも、
もののたたずまい、に興味があるということもわかったし、
狭い地域で撮ることの限界もはっきり見えてきている。

ここで、いったん総括したことは、その先を考えるうえで良かったのだと思う。

ということで、今日も路上へ。

道のりは、まだまだ長い。

 

とりあえず、2006-2008、3年分のネガチェックを終える。

結局、数千カットあったスナップのうち、見るに耐えうるものなんていくつもない。

質に対する意識が量を押し上げ、量が質を押し上げる、
という言葉の意味が、痛いほどわかる。

けっこう数を撮っていたつもりで、全然足りていない、ということも、よくわかった。

道のりは、まだまだ長い。

不純

 

まみえること、あるいは不純、
あるいは、整理されていないこと。

過剰なほど潔癖な写真を見ていて思ったこと。

せめぎあい

 

互いに侵食しあいながら、それでも共に在るさま。

ネガチェックを続けながら、気になるコマを拾っていると、光や影、物の「せめぎあい」に惹かれているんだと思う。それが写真として成功しているかどうかは、別としても、関心があるのは、共存とか、混在とか、そういうこと。

画面から都合の悪いものを引いて成立するのではなくて、
そこにあるもの全てで成立すること、とか。

削いで削いで純化する、というのではなくて、
不純のままに見えてくるもの、をじっと見ること。

備忘録

 

最近のキーワード。

  • ・つながりそうもないものごとの間をつなぐこと
  • ・へだたり-奥行き
  • ・眼で触診する
  • ・スピード
  • ・制度

速度は光

 

 ものがみえるのは光の放射速度がものの表面に効果をおよぼすからにほかならない。また物体は速く移動すればそれだけはっきりと知覚することができなくなる。だからつぎのような自明の理をうけいれざるをえない。すなわち視野のなかにはいるものはすべて加速や減速という現象をとおしてみられている。速度の大きさはあらゆる面で照明の強さと同一の効果をもつ。速度は光であり、世界中の光のすべてである。だから外見とは運動にほかならず、外観(アパランス)とは瞬間的かつ欺瞞的透明さ(トランスパランス)にほかならない。移動する視線、場所であり目でもある視線によって事物が一瞬にとらえられてはすぐに後方に消えさっていくのとおなじように、空間的次元それ自身もうつろいやすいつかの間の現象にすぎないからである。

 それ故、速度の源泉(発電機やモーター)は光の源泉であり、映像の源泉である。世界の次元に話をかぎれば、速度の源泉とは世界の映像の源泉なのである。

(『ネガティヴ・ホライズン―速度と知覚の変容』 ポール・ヴィリリオ 丸岡高弘訳 産業図書 2003 p155,156から抜粋)

数年前、車窓から見る風景がとても映像的だと感じて、テストをしていたことを思い出す。

車窓から見る風景が質感を欠いて見えることとか、実際手で触れられないこととか、そういうことを考えていたと思う。出発のときの、ある場所から引きはがされる感じだとか、停車時、速度がゆるむにつれて、見えるもののリアリティが徐々に取り戻されるような感じとか。速度は光、と断言されると、少し戸惑うけれど、そういう実感とリンクするのでとてもひっかかりを覚える文章。

G8

 

週末に撮影を予定していたものの、雨マーク。

ちょうど昼過ぎくらいからうす曇りで、今日なら逆光を気にせず撮影できるな、と思って、5時すぎスタートで撮影をはじめる。

想像よりも時間がかかるな、と思いながら撮り進めると、四条のあたりから、赤いコーンで通行規制がされており、?と思いながら、撮り進める。

結局、御池→二条間が完全に侵入禁止にされていて、二条まで行くつもりが御池までしか撮れないことに。

そのうえラストのカットには、赤いランプのついた、警察車両がバッチリ。

警備にあたっている警察官に、
「ごめんなさい、せっかくの景色がだいなしですよね。明日までですから。」と言われたけれど…

まぁ、うつくしい絵が欲しいわけじゃないし、それはそれで今日この日のドキュメントとしてはけっこうなことなんだけれど、最後のカットの警察車両が意味ありげに見えてしまうかもしれない。

自宅に帰ってから調べてわかったのだけれど、京都でG8が開催されていたのね。

ラフ

 

デジカメで露出をかえずに撮ったのものでラフをつくってみる。

ラフ

途中で電池切れになったので40カット分のみだけれど、思ったより急激に暗くなる。

これでも、最後のほうのコマが暗すぎるので、トーンを上げているくらい。

逆光だし、実際の撮影では、これよりずっと遅いペースでしか撮れないから、かなり難しい。

ついつい、スクロールバーを右へ左へと動かしてしまって思ったのは、水平方向の移動で時間軸が展開するものの原体験って、小学校の頃に夢中で遊んだ、スーパーマリオブラザーズやん。

おっちゃんに惚れるなよ

 

しかし、よくひとに声をかけられる。それも撮影中に。

今日もデータをとるために、川を南下していたら、橋の下のホームレスのおっちゃんに声をかけられた。

「自分、写真とってるんか?」
「はい」
「ほんじゃ、おっちゃんを撮らしたるわ。ホームレスやで。」
「え…」
「ほら、こんなポーズどうや?」

路上でひとは撮らないんだけど、わざわざ申し出ていただいたのを断る理由もなく、かんたんに二枚撮らせてもらった。

礼を言ったら。「おっちゃんに惚れるなよ」と返される。
うーん、それはたぶん大丈夫。

さて、データをとってみると、30秒、1分で時々刻々露出が変わる。
速いときは1分で1段くらい下がる。
撮影は思っているよりもずっと難しいかもしれない。

最近、この近辺にはえらくたくさん警官が出ていて、露出計とデジカメを持ってメモをとりながら歩いていたし、多少不審に思われたかも。

手を動かすと

 

頭もはたらくものなのなんだな、と思った。

突然、とても具体的なプランが思い浮かぶ。
するするっとからまった糸のほどけるような感触。

自分自身がすっきりと納得するところまでたどりついたら、あとは段取りの問題だけや。おもしろくなるよ。

ラフ

 

丸3日かけてラフをつくる。

建物が写っていないと、水平垂直の基準がとりにくくて、作業に時間がかかるということがわかる。

ラフでは、標高差があったり、被写体との距離にゆらぎがあって、トリミングが難しいことがわかる。

何かを選ぶと、ほかの何かを犠牲にしないといけない。

セミ光沢

 

結局、紙はマットではなくセミ光沢というところで落ち着く。紙は厚すぎるとめくりにくい、ということもわかる。
細かい設定を決めるために、段階的に数値をかえてテストを行う。

昔、理科の実験でやっていたようなことをやっているな、と思う。

結果によっておのずと決まることもあるのだけれど、細かいことをひとつひとつ決めていくここらへんの作業が、案外しんどかったりもする。

トリミングと大きさ

 

トリミングの幅と、大きさを検討していた。

冊子を手に持ったときの距離で、細部がどう見えてくるか、ということと、画面の大きさによる距離感。
見る人がぐっと画面に近づいて見たくなる、塩梅、というのは、とても難しい。
今のところ、インクジェットプリントで、ツインループ製本のラフな仕上げで十分。

パラパラっと気楽に見られるほうが良いやん。
ラフな感じ、がいい。

ああでもない、こうでもない、

 

3mmや5mmの差でずいぶん印象がかわる。

それは、距離感にも関係するから、何度も試作をつくっては、ああでもない、こうでもない、をする。

白フチがないほうが、近しい感じがして好ましいことが分かる。距離感と、あと、親近感の問題もあると思った。

寄って見たくなるかどうかは、写真の内容とか精度だけではなくて、心理的なものも絡んでいる、と思う。手に持ったときの重さ、とかも含めて。

自分が手に持ってどう感じるかを、何度も確認。
フォーマットはほぼ決定。
けっこうコンパクトな大きさ。

光沢があるよりマットなほうが色の落ち着きが良い。
あと、マットなほうが、めくるときに、手で画面を触ってしまうことに対する心理的な抵抗が、少なくて済む、気がした。

発色の良い紙に出会えるかな。

スキャン終了

 

およそ二日と半日。130コマ弱のスキャニングを終える。

端を切り落とすのがもったいないくらい、たくさん「ひと」が写っている。

画面に写るひとびとが、それぞれがそれぞれに、それぞれの時間を生きていて、それらが「ひとつ」に集約されずに、まんまばらばらな感じ、が好きなん。

現場では時間との勝負だから、ミスのないようにと淡々と撮影を進めているのだけれど、たまに‘瞬間’を感じさせるコマに出会うのが面白い。

たぶん、これから後の手を動かす作業のなかで写真と向き合いながら、自分自身がいちばん多くを学ぶのだと思う。

stillとmovie

 

2週間強の期限をきった作業に入る。scaningはルーティンワークだから、意識が手先と別のところを彷徨う。

先日、液晶絵画という展覧会を見たことも手伝って、《時間軸》ということをぼんやり考えていた。stillとmovieの境界線上にあって、その両者の差異を意識させる作品がおもしろかった。

写真の意味

 

写真の意味、というのは、撮影者本人より、むしろ周囲が見いだしたがるものなんだな。

「森山さんは自写像を多く撮りますが、意味があるのでしょうか?」と、問われた氏は直接展示されている写真を指して、「これ、影がうつってないより、あるほうがいいじゃん。」

ほんとだ。

そういう、意味を探る質問が多かったと思う。
必死でひとの写真に意味を見いだしたがっている若者たちは、きっと、自分が撮影するときも、意味を見いだそうとしているんだろうな。

でも、写真に意味がある、と、盲目的に前提しているところに違和を感じた。

なんでこんな魅力的なのに大阪を撮んないの?

 

月曜日に聞いた森山大道さんのことばが耳に残っていて、用事のついでと言いつつも、ずいぶん大阪の街を歩いたと思う。

大阪は地下鉄でしか移動しなかったから、地上を歩くと、案外コンパクトな街なのね。京都にない情景に触発されて、気がついたらけっこうシャッターを切っていた。

大阪が京都と違うのは、変化もまたしゃあないと受け入れる、あっけらかんとした空気が街から感じられることかな。京都は、かわらないことの価値を知りすぎている、と思う。

一足に転地とはいかなくても、撮る街をかえてみたら、あたらしいことが見えるかもしれない。

総括

 

スナップがある程度、固定化してきていて、やっぱりそれは、当然打破しなければならず、いったん、いままで撮ったものを総括をせんと、前にもうしろにも進めんという、切羽詰まった状況にある。

吐き出してしまいたい、という得体のしれない欲動。

数年分のネガをずらっと見通して、その遅々たる歩みに対する焦り。

スナップなんだから、もっと軽やかでいいはずなのに。総括で済まなければ、転地かな。

光のただなかにあるということ

 

撮影するこのわたしが光のただなかにあるということ。

透明な存在としてではなく、光のただなかにこの身を持って存在することは、単に視神経が刺激されるのとはまったく違う経験なのだと思う。

光にくるまれるような経験を、四角く区切った平面にどれだけ写しとることができるのだろう。

執拗に光と影を追ったスナップを見ながら、つくづく。

描き出す

 

というのは、スナップにおいては、あまり本質的ではないんじゃないか、と思う。

編集の力で何らかのテーマを「描き出す」ことはできても、スナップそのもので「描き出す」というのは、違うんじゃないかな、と。描き出すというより、結果として浮かび上がる、のほうが正しい気がする。

スナップにテーマだてをすることに違和感を感じているのは、そういったところ。

その場その場で被写体ととり結ぶ関係によって、アドリブで対応し続けることが、スナップの醍醐味だと思っている。

被写体や光との出会いによって、自分自身のものの見方そのものが更新されていくのが、ここちよい。そういう可能性に対して最大限身をひらきながらスナップを撮り続けるには、先にテーマだてをすることは無理なのだと思う。

絵画とか、美術作品の制作とは、根本的に方法論が違うんじゃないか、ということを考えていました。

scan

 

scanの作業をしていて、走査、ということを考える。カメラを水平方向にスライドさせるRIVERSIDEの撮影は、走査なんだと思う。

なんとなく、まとまったひとつの大きなものを構成するというスタンスではない、というところが、立ち止まっているところでもあって、あぁ、わたしは風景をscanしているんだな、と思った。

webで見せる、ということ

 

展覧会でも写真集でもなく、webで写真を見せるとはどういうことか、ということをずっと考えていて。展覧会の告知や作品カタログのようなかたちではなく、webで何ができるんだろうか、と。webで見せること自体が作品であるにはどうしたらいいのか、と。

写真集も展覧会も、配置や点数の制約があって、それゆえそのなかでどう見せるか、という編集が見せどころでもあったりするのだけれど、そして、編集というのはとても魅惑的な作業なのだけれど、一旦、その編集の0度、写真そのものから何が見えるのか、というのを見てみたい、と思ってもいて。

いっそ、表示順序もランダムにして、総体としての「まとまり」を把握しにくいかたちで見せるのはどうだろうか、と思いはじめ、実験的ではあるけれどsnapをランダムに見せるscriptを組みはじめました。

編集というのはほんとうに”力”があって、写真そのもの、というよりも編集で見せてるんじゃないの??ということを考えたりして、シリーズとしてまとめることに、いまはまだ納得がいかなくて、写真点数をだんだん増やしていったら、輪郭があやふやなまま、育つような感じ。

コントロールすることを一旦放棄して、編集から自由になったところで、何が見えるのか。

何も見えないかもしれないし、しょうもないかもしれないけれど、見てみたい、と思うことはやってみようと思う。曖昧な表現でごめんなさい。違和感、とか齟齬とかは、ほんとうに、ことばにしにくい。

どうもことば足らずな感じだから

 

つけたすとすれば、あたかも写真が全能であるかのように錯覚させるような見せ方に、危機感を抱いている、ということ。

もっときちんと自分のなかで整理しないといけない。意図と方法論との結びつき、とか。

結局そういうこと。

 

パノラマ写真、を辞書で調べた。
「広大な光景を一目で見られるようにした写真。」とあった。

わたしの作品は、パノラマ、ではない。
一目で見られるなんてこととは正反対だから。

それぞれがそれぞれ、それぞれの時間のなかに在って、無関係で、それらを撮影者を中心に据えて簡単に組織化なんてできないこと、とか、都合良くひとつにまとめあげたりなんかできないこと、とか、否定形でしか書くことのできない、そういうことをたいせつに思っている。

できること、よりも、できないこと、不可能性のほうに、ずっときもちが引きずられている。

題材が何であっても、撮り方がどうであっても、根本的にひっかかっているのは、そういうことなんだと思う。

ここのところ、いやというほど撮り歩いて、歩いて、歩きながら考えたのは結局そういうこと。

08S

 

昨日、RIVERSIDEの続編を撮る。

ちょうど、まえに撮った川の上流に川幅が一定で撮れそうな範囲があったのだけれど、景観自体の印象が薄く、保留にしてありました。桜がうわっているようだということはわかっていたので、ロケハンをし、けっこう長いスパンにわたって桜が植わっていることがわかったので、撮影候補に上がってきました。

4月に入ってから、桜の開花とともにテスト撮影をしてみると、点景として写るひとの往来がおもしろく、今回は景観よりもひとやひとの営みを中心に構成しようと考えています。

前作を顧みて、つなぐことによって生まれる時間的な要素と、景観的特徴と、ひとの営みという風俗的要素が、作品を支える柱になっているんじゃないかな、と思っています。今作からは、それぞれの要素を意識的にとらえていこうと思っていて、今回は、風俗的要素に重心を置いて撮ってみました。

もう少し日が長くなると、日が暮れて、街をくるむ色がどんどんかわっていく様子を撮ってみたいな、と思っています。

体力に少し不安があったので、4年ぶりの本番撮影を終えて少しほっとしている、というのが本音。

具体的である、ということ。

 

春霞、あるいは、黄砂の舞うなかの撮影。
遠景があまりにぼやけて、つまらない、と思ったときに気がついた。

その写真が、具体的であるかどうかということが、自分にとっては、すごく重要だということ。

霧の街の写真を見た恩師が、「ものは抽象的になると、美しく見えるからね」と言っていたのを思い出し、そうか、その写真が具体的かどうか、ということが、わたしにとっての、ひとつの判断の軸なんだ、と思った。

なんでも言語化すればいいものではないけれど、言語化することによって、いくぶん視界がクリアになった。

賭す

 

まったく安寧な場所に在って、なにひとつ賭すところのないひとのありよう、が、ほんとうにつまらない、と感じることがあって、それは、他人のフリ見て、我がフリ直せという意味で深く考えさせられている。

重々しい雰囲気とか、深刻すぎるものは、はなから苦手で、しぜん、気持ちは軽やかなものに向かうのだけれど、ただ、その軽やかさのなかにも、なにか賭されたものがなければ、と、思うようになった。

たとえ技巧的には稚拙であっても、ぎりぎりのところまで賭されたものには、切迫感がある。むかし友人の作品に、そういうものを見た。

作品の内容を安全なところから評価できないくらい、巻き込まれてしまうということ。つくり手の、もうどうにもならないこころのありようが、言葉や意味を介さないところで作用して、見る者のこころをゆさぶる、ということ。

その一回のシャッターに、一本の線に、ひと色に、どれだけのものが賭されているか。最近、そういうことをすごく意識するようになった。

朝のおくゆかしい光のなか

 

ゆっくりと漕ぎ出すように、
朝のおくゆかしい光のなか、撮影に出かける。

ある頃から、錆びたトタンに無数の色を見るようになった。

それからは、
世界のいろいろなものがすべて、いちいち、具体的。
軽い目眩に陥っているような状態が続く。

スナップをあまり長時間続けられなくなっているのは、
集中力や体力が落ちているのではなくて、
あまりに、それぞれが具体的になりすぎて、
その重みを受け止めきれなくなっているのかもしれない。

切ったり貼ったり2

 

Gordon Matta-Clark

表紙の写真からおもしろくて、つい手にとってしまった。
写真がおもしろくて見ていたのだけれど、この方、写真家、ではない。だから、かえっておもしろいのかもしれない。

最初、切ったり貼ったりしているのは、写真なんだと思って見ていて、それだけでも充分おもしろかったのだけれど、途中で、それが実際に建築物をぶった切ってるとわかって、さらに、おもしろくなってきた。

届いたばかりで、まだなにも咀嚼できてないので、これからゆっくり向き合います。ワクワク。

雲の端から太陽が顔をのぞかせるまで

 

雪と雪のあいまの晴れ間に、外に出る。

最近、自転車に乗らなくなった。
撮影をするのに、自転車のスピードは速すぎる、と気づいてから、
用があって遠くに行くとき、重いものを運ぶとき以外は自転車には乗らない。
市内で片道1時間半くらいまでの距離は徒歩圏になった。

そのうえ、撮影に出かけるときは、ものをつぶさに見ながら歩くから、
その歩くスピードすら遅くなっている。

だから、何時にどこかに着かなければならないと思いながら歩く、
その速さとこころもちでは、まったく撮影にならない。

雲の端から太陽が顔をのぞかせるまで、
じっと待てるだけのゆとりがないと。

わたしが、写真によって手に入れたのは、この遅さ、なんだと思う。
そして、その遅さは、この時代に対するささやかな抵抗なのかもしれない。

切ったり貼ったり

 

Joachim Schmid: Photoworks 1982-2007

Gordon Mcdonald, John S. Weber, Joachim Schmid

中身を見ずに写真集を買うことはほとんどないけれど、京都で洋書を扱う書店をいくつかまわってみてもなかったので、思いきって買ってみた。

写真を、とてもアナログっぽく継いでいるのが、気になって。似たような写真を複数並べたり、違うひとの顔をわざと継ぎ目がわかるようにつないだり。

アタマで、継いでるとわかっていても、つい、ひとつのものとして見てしまう、まるで、わたしたちの眼のありよう、脳のありようを試されているよう。

写真を切ったり貼ったり、複数組み合わせたり、編集することによって何が見せられるかということの可能性、おもしろい。

このひとの情報はあまり(日本語では)見あたらないし、英語の解説ちゃんと読んでみようかな。

臆病にもほどがある

 

 スタイルはすでに思想である。ある思想を学ぶ(まねぶ)というのは、まずはある思想が世界を見る、世界に触れるそのスタイルに感応するということである。もうそういうアクセスの仕方しかできなくなるということである。その意味で、哲学はその語り口、その文体をないがしろにしてはいけないと、つよくおもう。

(『思考のエシックス―反・方法主義論』鷲田清一著 ナカニシヤ出版 2007年 p88から抜粋)

うえの文章は、語り口、文体について書かれたものだけれど、「もうそういうアクセスの仕方しかできなくなる」というところに、ドキっとした。

ある撮影スタイルに固定化することで、なにか可能性を逃してしまうような危機感を、うっすら感じていた。わたしが怖がっていたのはそういうことなのかもしれない。

「もうそういう見かたでしか、世界を見ることができなくなる」と。

ただ、最近はこうも思うようになった。
固定化せずに、更新し続ければいいのだ、と。

ある時点、ある時点で何らかのスタイルに着地したとしても、そこに留まらなかったらいい。

スタイルが固定化することを怖がってoutputを出せずにいるよりも、一旦、着地して、outputを出してみて、そこからまたあたらしく踏み出せばいい、と。

ここ数年の我が身をふりかえって、臆病にもほどがある、と思った。

スキャン再開

 

悪天候のおかげで、調整する時間を得て、ようやく、暗部のツブれなくscanができるようになった。

2006年11月頃のスナップ。画面全体がゆるい感じ。
カメラのせいなのか、意識のせいなのか。

2005年から、途方に暮れた時期が1年半ほど続いて、2006年の晩夏ごろからやっと外に撮りに出かけられるようになったから、2006年11月は、スナップを撮り直しはじめた頃。ちょうど気候も良くて、毎日、出勤前の2時間、撮影に出ていた。

つたないけれど、それでも救われたのは、少なくとも、それらの写真を撮るときの動機は、写真からうかがえる。

撮れずに帰ってくる

 

先日、読んだ『ひきこもれ』(吉本隆明著 だいわ文庫 2002)に、10年の持続という話があった。

持続ということは大事です。持続的に何かをして、その中で経験を積んでいくことが必要ないような職業は存在しません。ある日突然、何ものかになれるということはないということは、知っておいたほうがいい。(中略)

 たとえば物書きというのは虚業で、政治家の次くらいにくだらない職業ですが、それでも持続ということが大事であることは変わらない。才能がどうこう言っても、十年続けないと一人前にはなれません。

 逆に言うと、十年続ければどんな物書きでも何とかなります。毎日毎日、五分でも十分でもいいから机に向かって原稿用紙を広げる。そして書く。何も書けなかったとしても、とにかく原稿用紙の前に座ることはやる。

まるで朝礼の校長先生のお話みたいやな、と思いながら、読んだのだけれど、「何も書けなかったとしても、とにかく原稿用紙の前に座ることはやる。」というくだりに救われたんだと思う。

スナップを撮りに出かけて行って、一枚も撮れずに帰ってくる、というのがたまにある。それを「無駄足」と思って落ち込んだりもするから。

スナップについては、実に10年どころではなく、30年、50年くらいのスパンじゃないと勝負にならない、と思いはじめている。

日々、経験を更新しながら、撮り続けること。
それが当面のわたしの課題だと思っている。

ある日突然、すごい写真が撮れるようになるわけではないけれど、続けているうちに、かならず機が熟す。

カメラになった男

 

先週末、神戸の映画資料館で上映していたので、観に行った。

映画館のせいなのか、編集が原因なのか、音がとても酷かったのが残念だったし、技術的に拙い感じは否めないけれど、数年前に見た「きわめてよいふうけい」よりも、見るべきところは多かったように思う。

特に沖縄の講演会のシーン。
講演会のタイトルのなかで使われている「創造」ということばに対して、「写真はクリエイションじゃない、ドキュメントだ」と言っているところとか。

中平さんの写真には、まなざしに余計なものが混じってなくて、ものがただそこにあることだけが定着されて、成立している。やっぱりすごいなぁ、と思う。

撮影しているとき、楽しそうなのが印象的やった。

今年最後の作業は、

 

Tessarのレンズテスト。

これで、中判2機と、35mmのレンズのテストがほぼ終了。
摩耶山からの撮影では、被写体が遠すぎて、比較ができなかった。
今回、京都駅から街を撮影したくらいの中〜遠景くらいが、いちばん解像力の差が出て良かったと思う。

今回のフィルムを見た限りF11がピークのもよう。

ついこないだまで秋めいていたのに、気がついたら、街が冬の色にさまがわりしていて、びっくりした。もう年の瀬だものね。

週末から、もう一段、気温が下がるようだけれど、また少し、光もかわるのかな。

悪趣味。

 

画面のなかにヒエラルキーをつくらないこと、とか。

すでに価値づけをされているものの、その価値づけに加担するような写真を撮らないこと、とか。

そういうこと。

悪趣味な写真を大量に見てしまったのと、悪趣味な提案をさしむけられたのと、で、再認識。

隔たり

 

見続ける涯に火が・・・ 批評集成1965-1977

分厚い本だから、しばらく開いてみる勇気がなかったのだけれど、スキャンの待ち時間のあいだに読みはじめたら、ぐんぐんひきこまれてしまった。制作者の生のことばだけに、問題意識を共有しやすかった。

いくつも、とりあげるべき箇所はあるのだけれど、気になったところからひとつ。

睡眠薬を常用し続けることによる知覚異常の話のところで、距離感を喪失する幻覚を見るという記述。抜き出してみよう。

幻覚といってもありもしない幻を見るのではなく、つまりそれはこの距離感の崩壊であり、事物と私との間に保たれているはずのバランスを喪失することであった。たとえば、テーブルの上にコップが置いてあるとする。だが自分にはコップをコップとして認識することができず、私とコップとの関係を正常に知覚することができないのだ。

ふるくからの友人が、幼いころ、ものがだんだん、小さくなっていくように見えることがあったと言っていたことを思い出す。家族の問題に端を発したその症状は、家族関係の改善とともに、なくなっていったのだそう。

ものの大きさの見え、は、隔たりや距離感と密接にかかわり、それが崩壊するというのは、単なる知覚のエラーという以上の意味を持ち、心理的な危機とも深くかかわっているのだと思う。

中平卓馬さんの近作にひっかかりを覚えていて、それが何なんだろう、と、ずっと考えていたのだけれど、最近ようやく、それは、ものとの距離感、隔たりにあるのではないか、と思いはじめた。身体距離を侵されたときの居心地の悪さに似たなにか。

先日、自分の書いた文章を読み直してみることがあって、あらためて自分が「隔たり」に強い関心を持っていることに気がつく。被写体との距離感。

怠慢

 

怠慢だと思った。

2年分、ほとんど未チェックのまま放置しているネガ。
スキャナの色再現が良くないせいにして、チェックを先延ばしにしていた。

撮ったものを、きちんと見ないでどうする。

そういう、ごく当たり前のことを、当たり前にできていないから、見えるものも、見えんのや。

語られかた

 

森山大道とその時代 (写真叢書)

語られてかたに時代のスタイルのあることとか、実は感想文程度でしかない文章が横行していること、とか、敢えて言うなら、2000年以降になって、やっとまともな論評が出てきたということを、確認できたのがおもしろかった。

批評の不在という、かの写真批評家のことばの意味がよくわかる一冊。

世界はそんなに淡くない。

 

ひどく暗部のつぶれるスキャナに辟易しながら、ネガスキャンをぼつぼつはじめる。イチョウが写ってるから、ちょうど去年の今頃のスナップ。

たまに、オーバーでスキャンしてしまうと、イマドキの写真っぽくなるから、おもしろい。

スロウライフ系の雑誌には、「光にあふれた」写真がたくさん出まわってるんやなぁ…とつくづく思う。

わたしには、世界はそんなに淡くない。甘くもない。

時間が足りない

 

バランスの良い光やったんやと思う。
うす曇りのわりに、青に寄ってもいなかった。

光と影のコントラスト邪魔されずに、色がきちんと目に入ってきたから、いつもと違ったチャンネルで反応していた。その前の日と、まったく違うフレーミングでまったく違うものを撮ってる。

フレーミングすること、選択することによって、写真はいとも簡単にものを、被写体をトクベツなものしてしまう。その威力には十分慎重にならんといかん。意図があるならともかく、不用意に被写体に偏りがあるのはよくない、と思っている。

いつも、好んで細い路地に入りこむから、至近距離のスナップばかり撮ってしまうこと。見知らぬひとを撮るのが心理的に負担なこと。撮りたくなるもの、の、パターンが固定化してきていること。これらが、最近スナップのとき気にしていること。

中庸(?)な光のおかげで感じ方の軸がゆさぶられて、良かった。

あと50年生きれたとしても、あと何回、ゆさぶられるような光と出会うかわからない。
ほんとうに、ほんとうに、時間が足りない。

横殴りの光

 

最近、スナップを撮っていて、縦に構えることが多くなった。
縦にものを見ているというよりも、被写体によっては、35mmのフォーマット、横の長さを冗長に感じてしまう。

だからと言って、正方形は特殊すぎる。

縦位置/横位置、順光/逆光、比較のために撮ってみる。
順光と逆光の印象の違い、とか。
縦で撮る理由、横で撮る理由。
感覚だけではなくて、比較するなかで見えてくるものがあるのではないか。

そうはいっても、横殴りの光。軽い目眩の連続。
理性を手放さぬようぎゅっと。

この夏の収穫。

 

近景、中景のテストではわかりづらかったけれど、遠景でテストしてみて、ようやくレンズの解像力を観察することができた。

ハッセルのプラナー80mmよりPENTAX67のSMC105mmのほうが、解像力が高い。

数kmの道のりをかついで歩くには、華奢なハッセルのほうが良いのだけれど。機動性と解像力、どっちをとるか、悩むところやね。

実験と観察。この夏の収穫。

秋の日は釣瓶落とし

 

夜景の撮影は、まず先に露出を決めておき、明るい時刻から待機して、その露出にあった暗さを待って撮るのが良いと聞き、早めの時間からポートアイランドで待機していた。

17時前後から暗くなりはじめ、18時半にはほぼ真っ暗。露光しているあいだにも、露出計の値は変化する。

あまりに日暮れのペースが速いので驚いたと母に言うと、「秋の日は釣瓶落とし、と言うのよ。」と、ごく当然のことのように返された。

秋に近づくと、日暮れの時刻が早くなっても、日暮れのペースがそこまで速くなるとは予想していなかった。あまりのショックに言葉を失う。

最初データをとった初夏の頃は、17時すぎから、暗くなりはじめて、完全に暗くなるのは20時を越えてからだった。

3時間強あれば、光の変化を細かく追えると思っていたのに、それが半分に短縮されてしまったら、さすがに厳しい。

ベストシーズンはやっぱり夏至のころか。

今週末に予定していた撮影は、来年に持ち越し決定やね。
仕事の忙しさでのばしのばしにしていたことが、
心底悔やまれる。

今年、とれるだけのデータをとっておこう。

レンズのテスト

 

被写界深度の深さとピントそれ自体の質とは別ものだということを教えてもらい、朝から出かけて、35mmと中判のそれぞれ、レンズのテストを行う。

それってほぼ「ふりだし」っちゅうことやねんけど。かなりショックだったんだけど。

簡便なのが写真の良いところではあるが、道具の特性をきちんと知っておくほうが、何も知らないで使うより賢明だろう。

ショー

 

昼の学校 夜の学校

対談だしあまり気負って読まなくて良さそうだったので、手に取ってみた。森山さんの文章はけっこう読む機会が多いので、対談の内容はあまり目新しいことはなかったけれど、印象に残ったのは、「アメリカでは写真展のことを、ショーと言う」という話を、繰り返ししてはること。エキジビションとは言わないそうだ。

見世物なんだよね。

という森山さんのことばは、すとん、と納得できて、写真なんだから、そのくらい猥雑で軽やかで、ええやんって。

あとがきの「たかが写真であり、されど写真である。そのたかがをされどと言ってみたくって、ぼくは長年写真にこだわりつづけてきたような気がする。」というの、つくづく、うまいこと表現するなぁと思う。

「たかが写真」なんよ。本当に。たいそうなことやない。
でも、その「たかが」に、一生を賭けるひとが、賭けようとするひとが、少なからずおるんよね。

改善点ふたつ。

 

雨があがって、バタバタと動き回っていたけれど、朝のスナップ再開。

直接、作品につながらなかったとしても、わたしの軸はそこにある。
ただ、撮り終えたものをきちんと見る時間を持てていないところが最近の大きな問題。

スナップは、やっぱりネガからポジに戻そう。

夏の光は、コントラストがきつくて、どうも苦手。
外を出歩いて、ふだんより長時間粘っても、
ほとんどシャッターきらずに帰ってくる。
だからといって出歩くのをあきらめるのは、もうよそうと思う。

改善点ふたつ。

朱入れ

 

訂正記号をいちいち父に尋ねながら、初校のゲラに朱入れ。
3ヶ月あけて読み直すと、文章のアラが目立つ。

「日本語は書き下しで、英語みたいに前に戻って読むことはないから、戻って読まないとわからないような文章はよくない。」

と教えられる。
なるほど。日本語ってリニアな構造なんだ。

初校

 

大雨のなか、春に書いた原稿の初校が戻って来た。

今まで、アルバイトで父の原稿のチェックをしたことはあったけれど、初校の見慣れない体裁に少し戸惑う。

大それた思惑のある作品をつくっているわけではないから、文章を書くこと、少し躊躇もあったのだけれど、活字になることで、少し遠くなって、これが本になったら、ずっと遠くなることは想像に難くない。

先日、雨のなか、先輩と話していた。
わたしは写真家はそもそもいかがわしいもので、ジャズメンのようなもんだと思う。そして、むしろいかがわしいほうが、おもしろいことができるんじゃないかと思っている。

野に放たれて、たくましく生き延びながら写真を撮らんと、撮り続けんとあかん。というのがわたしの勘。そして、わたしは自分の勘を信じている。

ふんばりどころ。

 

自分の制作ではない撮影のしごと、考えるところが多い。

写真の仕事は、ほかの仕事と違って、自分の作品に傷をつけたくないから、絶対に下手できないというプレッシャーが強い…ということを実感する。

自分が、これは作品、これはcommercial、と分けていても、ひとは、そうは見ない。

今回の仕事は、先方の社長さんが、わたしがcommercialの人間ではないことを承知のうえで、それでも依頼してくださった。

その気持ちに、真摯にこたえたい、と思う。

自分のなかでのいくばくかの葛藤を抱えながら、貴重な晴れ、ロケハンにでかける。

わたしはcommercialを否定はしない。受けたオーダーの中で自分の表現とのバランスをいかにとるか、というせめぎあいも経験してみようと思う。もしかしたら、商業写真ではない人間が、そのせめぎあいの中からなにかを探るほうが、おもしろいものが生まれるかもしれない。

この夏は、また川を撮ります。
忙しさにかまけてそこを譲ったら、うちは終わりや。
ふんばりどころやな。

両の手のあいだに封じ込めたい

 

夕暮れどき、きちんと「いちにち」を見送ることができると、嬉しくなる。
気がつくとそとが暗くなっていたというのは、哀しい。

どんどん暗くなっていって、街に灯がともっていく、その時間のうつろいを、両の手のあいだに封じ込めたい。と、思うのです。

見てみたい。とか、つくりたいという、キラキラした気持ちがあるときは大丈夫。
で、想定しているのは、冊子。

美術手帖のインタビューでも、日本の作家の海外進出がすすまない理由として、作品が書籍になっていないということが挙げられていた。

ま、「進出」なんてどうでもええんやけど。

おもしろいもんをつくって、それを他人と共有するのに、冊子として流通するというのは、すごく良いと思うんだ。たいそうなもんとして、じゃなく、ひとの生活に入り込めるし。

あとは、めぐりあう機会の問題で、展覧会するのと、写真集をつくるのと、どちらが多くひとにめぐりあうやろか?ってところ。

ほんで、ひらく、めくる、とじる、もどる、といった操作が、
映像よりも自由なかたちで、見るひとにゆだねられてる。
「見る」方法を、ぽーんと相手にゆだねているというところが、おおらかでいいやん。

square

 

晴れた!

早速、届いたカメラのテスト撮影に出かける。
35mmの目になってしまっているから、ロクロクのsquareフォーマットに違和感を覚える。

作品は合成前提だから、もとのフォーマットは無効化されるけれど、
問題はほかの撮影で使うときやなぁ。

squareのフォーマットは、たいした写真やなくても、それっぽく見える魔力があるからなぁ。

気をつけないと。

中判カメラが届く。

 

しばらく雨マークが続くから、わずか1時間の昼休みに抜け出して強行でテスト撮影。ええあんばいに薄曇り。絞り22から2.8まで徐々にひらく。

撮り終えてから、気がつく。
本番で使うセットやないと意味ないやん…と。

気をとりなおして、ネットで公開されている、被写界深度の計算プログラムで計算してもらうと、40m離れた被写体にピントをあわせると、絞り2.8でも、19.360m〜∞までが被写界深度。ほんまなんかなぁ。

被写界深度の式、疲れていないときにちゃんと自分で計算してみよう。かなり理科や算数に近い。ま、数字じゃ納得できなくて、どうせ見てみないと気がすまないんだけど。

問題点は、水平垂直はええとしても、暗いなかで被写体に対して正面、がきちんと保てるのか…。思っていたよりずっと撮影条件が厳しい。

備忘録

 

きちんと暗くなった時点で、ISO800 / 絞り22 / 1/2s〜(場所によっては8s)

絞り、どこまで譲れるか、段階的に絞りをかえてテスト。できれば、明朝。スケジュールがきつい。

わざわざ、閉じない。

 

なにか特別な場所から、完璧に全体を把握できる目になりきるのは、好きではない。その現場に身を置いていることとか、完結させずにおくこととか、すべてを見渡せないままにしておくこととか。画面の外につながっていく意識だとか。

そういうこと。大事なのは。きっと。
わざわざ、閉じない。

ちょうど薄曇り。

 

ちょうど薄曇りなので撮影ポイントにでかける。

晴天よりも俄然良い。

被写体を落ち着いてじっと見ることができる。絶対に逆光でしか撮れない被写体だから、拡散光のほうが◎なんだな。晴天だと、バックから射す光が邪魔になる。こういうのん、理屈でわかってても、実際見てみるまで納得できひんもんなのね。

細部の色を引き出すために、ビビッドカラーのフィルムを使うこと。あとは、感度400にするか800にするかを決めることと、タイムテーブルをつくること。中判カメラを調達すること。(←これがいちばん難儀だな)

今回は、ドキュメンタリーという要素を強く意識する。
あとは、やってみた感触に従うしかないでしょう。

たいせつなのは実験精神と「見てみたい!」という強いきもち。
失敗を恐れないこと。

気持ちは太陽によりそう。

 

テスト撮影をはじめる。

夕暮れどき、どのくらいのペースで露出がかわるのか、
17時前からスタンバイ。定点観測をはじめる。

いわゆる夕暮れの印象を受け始めるのは17時40分ころ。
18時45分から加速度的に光量が減る。
19時40分でもまだ日没方向の空は明るい。

今日の京都の日の入り時刻が19:02だから、日の入り時刻がイコール空が完全に暗くなる時刻じゃないんだ…ということに気づく。

空の明るさが劇的にうつりかわるのは、17時すぎから20時前の3時間弱くらい。で、思ったよりも長いというのが今日の収穫。

やってみないとわからないことが多い。

5分間隔、時計を気にしながらも太陽が水平線に対して没する侵入角度が浅いほうが、同じ時間間隔で撮影してもこまかく光の変化を追えるのかな…などと想像する。目の前の光景を撮りながらも、気持ちは太陽によりそう。

晴天の逆光で撮るのは無理があるので、薄曇りの日にもテストしてみよう。
逆光であることが気にならないくらい光が拡散されるといいのだけれど。

18時40分ころ、南東から東の空が見せる少し濃いめのグラデーションが好い。

ぼんやりしとった。

 

ぼんやりしとった。
ARTZONEで開催されている、森山大道「記録7号」、今日までやったんやん。撮影の帰り際に寄ったカメラやさんで思い出したときは開場時間を過ぎていた。

まだ東京で会社勤めをしていた頃だから、1998年か99年のこと。
東京、渋谷のPARCOではじめて森山大道の写真展を見て、ショックを受けた。

それまでも、いくつか写真の展覧会は見てはいたけれど、こんな「ただならぬ」感を受ける写真を見たことはなかった。それまで写真に抱いていたイメージをばりっとはがされるような感じ。

そのうえ、名前に濁音が多いし、コントラストのきついバイクの写真が印象的で、マッチョでバイク乗り回しているようないかついニイサンだと思い込んでた。

その頃は新人OL(!)だったし、まさか自分が写真を撮るようになるとは思ってもいなかったのだけれど、その4年後には写真を撮りはじめるようになり、森山さんの本を読んだり、DVDを見たりしているうちに、まず「ニイサン」ではないことを知り、つぎにマッチョでバイクを乗り回しているようないかついひとではないことを知った。

先日のトークショウも開演に遅れて着いたら「満席です」と入場を断られ、あらためて写真展だけでも見に来ようと思っていたのに、ぼんやりしとった。

残念でならない。

Home / Away

 

ここ数日ずっと寝しなにShinjukuBuenos Airesを見ている。

「近所で写真を撮って作品つくるのは作家の怠慢」

という写真家の厳しいことばがずっと頭にあって、どこか遠くに行くことを考えはじめたから、一人の作家のホームタウンで撮る写真と、アウェイで撮る写真とを比べて見てみたい思った。

同じ写真家が撮っているのに、ずいぶん違うものに思える。

被写体の違い、だけなんやろうか。
ShinjukuよりもBuenos Airesのほうが作家のまなざしが自由になっている印象を受ける。

Buenos Airesは、特に見開き2ページの写真の組み合わせ方がおもしろい。

左ページのタンゴを踊る女性の網タイツが目をひけば、
右ページでは黒く濃く焼き付けられた橋脚の複雑な構造体が存在感を示している。
左右のページの被写体がまったく違っていても、どこか共振するところがあって、それがほどよい緊張感をもたらしているのだと思う。

1枚だけを見るのと、2枚を対で見るのは、2枚のたとえ片方を見ているつもりでも全然違う経験なんだと思う。

と、じいっと見ていると、寝そびれて起きそびれる。
明日は雨だから今夜はよふかしもいいかな。

取り戻すこと。

 

今週から、早朝の撮影を再開する。
ほんの30分でまったく光の調子がかわることに、あいも変わらず面食らう。

集中力が足らないのが自覚できるからもどかしい。
明日はうんと早くに起きようと思ったら降水確率60%。

連休に8時間ほど歩いただけで、ひどく消耗した。
体力も相当落ちているから、当面の目標は、まともに撮影できるだけの体力と集中力を取り戻すこと。

hugin

 

hugin

Mac OSXでもLinuxでもWinでも動くhuginというパノラマ作成ソフト、どのくらいの精度で「つなぐ」のか気になって試しはじめた頃に、原稿と高熱にまみれてしまった。

無事脱稿したし、今日はゆっくり取り組もう。最初は作業中に何度もおちてやる気も失せていたけれど、少しずつあんばいがわかってきた。

書き出し方は、心射方位/心射円筒/正距円筒と選べる。
心射方位で書き出すと、ひどく歪む。
下の図は、5枚の写真の合成で心射円筒法で書き出し。
(クリックすると大きい画像が表示されます。)

まだ設定方法がわかっていないけれど、露出補正までしてくれるみたい。
賢い。。。

dialogue

 

やっぱりdialogueって大事やと思った。

ひとつは、写真家とのメールのやりとりのなかで、やっと言語化できたこと。

「既知のものが、既知のものに見えなくなるときが、いちばんおもしろい」

もうひとつは、年下の先輩との会話において。
NPO宛に送られてきた写真展のDM。団地を大判カメラで真正面から撮ったと思われるそのハガキの写真を見ながら、「10年続けててここに辿り着いたんだったら、見に行こうかなぁと思うんだけれど、このひとの経歴を見ているとそうでもないみたい。」と彼は言う。10年、団地を撮り続けたひとにしかたどりつけないものがあるだろうと。

なるほど。時間の蓄積や、経験を積み重ねたひとにしか見えてこないものってあるから、それを見たいという気持ちはわたしにもよくわかった。継続が力となること、を客観的に理解する。

最終的には孤独な判断の積み重ねになるのだけれど、ひととことばを交わすことも大事。自分ひとりのあたまで考えることなんて、たかが知れてる。

遺影

 

あるひとから、モノクロで写真を撮って欲しいという依頼があった。

「遺影」という言葉がチラリとよぎる。

話を聞いてみると、やはり遺影を撮ってほしいとのこと。
朝日新聞に遺影のシリーズがあって、そのプロジェクトに応募したが、応募が殺到して、無理だったと。それでもきちんと遺影を残しておきたいという気持ちはかわらないのでぜひ撮ってほしい、という。

かっこつけたりきばったりしない、ごく普通の表情が写っていればいいな…と思って、36枚ラフに撮りきる。きっと数枚は顔をくしゃくしゃにした笑顔で、ほとんどはカメラを向けられることに慣れていないひと特有のこわばった表情。でも、それが彼女のリアルだ。

遺影で思い出す。

18歳で亡くなった友人の実家。居間にある写真立てに、その友人が仲間と一緒に写っている写真が入れられていた。ある年、線香を上げにうかがうと、その写真の、仲間が写っている部分だけが、亡くなった友人の幼い頃の写真に差しかえられていた。

その不自然なコラージュを不思議そうに見ているわたしに、亡くなった友人の母が言う。
「ほかのみんなは生きているのに、失礼やと思って。」
しばらく言葉を失った。

こんなにせつない遺影を、わたしはほかに知らない。

拒絶反応

 

新しいカメラのフォーカシングスクリーンが肌にあわない。マイクロプリズムがうるさい。

マイクロプリズムの像を見ながらピントをあわせる操作をしているうちに、撮りたかったものの何がたいせつだったのかわからなくなる。

強制的にピントに意識を集中させられることで、撮る動機になったもの、場の持つニュアンスとかそういうものに対する意識がこぼれ落ちる。

思い返せば、写真を撮りはじめた最初の頃から、作品としての写真に対しては、画面の一部の「見せたいもの」にピントをあわせることに違和感があって、画面全体がくまなく大事だったりするものだとか、周縁にこそ意味があるものだとか、像そのものよりも画面から匂い立つ空気感とか距離感とか、に気持ちが向かっていた。わかりやすい視線の中心をつくることにも、全体で見ておさまり良い構図の一枚の絵をつくってしまうことにも「NO」という気持ちを抱き続けてきた。

しばらくこの拒絶反応と向き合ってみて、だめだったら、スクリーンをかえてみる。これだけ自分が拒絶していることがわかっただけでも良い経験だったと思おう。

建築写真

 

昨年12月発行とあるので、遅ればせながら。たぶん、「建築写真」というタイトルだけやったら縁遠く感じたけれど、巻頭がティルマンスの写真だったからつい手が伸びてしまった。頻繁に写真が特集で組まれたり、写真を扱う雑誌が増えているようだけれど、いまひとつ芯のあるものに出会えることはなく、この「建築写真」は最近の雑誌のなかでいちばんおもしろかったと思う。

いわゆる「建築写真」と聞いて想像する写真とは違う写真の可能性が提示されている。建築にあまり興味がなくても、写真特集として充分読める内容を擁している。掲載されている写真もさることながら、伊藤俊治氏の20世紀建築写真史はさらっと読めるわりに情報量が多いし、清水穣氏のティルマンスについてのテキストも刺激的。

黒と白のコントラストのきついレイアウトが文字を追いづらくさせているのと、ノンブルが見つけにくいのが難点だけれど。

「建築」と「写真」のかかわり方の可能性。という切り口。
漫然とカタログ化してしまう写真特集や、甘い雰囲気ものの雑誌が増えるなかで、方向性がきっちりしている特集は気持ちがいい。

出会わないと撮れない

 

先週の講演会で、美術作家と写真家の写真に対する態度の違いは”make”か”take”なんじゃないか、という話があった。

わたしは”take”のほうだと思う。

写真であるかぎり、出会わないと撮れない、ということ。

徒歩圏内の撮影にそろそろ限界を感じ、少し遠出をしてみる。
遠くに出かけたら、出かけたなりの出会いがあって、写真て、結局そういうことなんだと思う。

出会わないと撮れない。
部屋の中で「つくる」のとは違う。
きっとそれは究極的なこと。

すすんで出かけていこう、出会いにいこう。
ここのところ、その気持ち、強く強く。

桂川を南下。

 

ストリートの距離感に息苦しさを感じているのかもしれない。
最近、近距離のものしか撮っていないという反省があって、ぱっと視界のひらけるところに出かけたい。

てっとり早いのが川べりで、桂川を南下。

風景のなか、点景としての「ひと」の大きさ距離感に興味があって、距離を変えて試してみる。

視界が広くなると、ふだんとまったく違う写真を撮ってしまう。どんな場面でも同じまなざしで写真を撮ることができない。

100年の仕事

 

かっこいい、と思った。

「100年の仕事だと思っているから。」ということば。

先日、松江泰治さんを迎えての講演会。自分の仕事は100年の仕事だと思っている。だから、そんなに急がなくてもいいと思っていた。デジタルに移行するタイミングについて答えるときに、そう言っていたと記憶する。「100年の仕事」というフレーズがひときわ印象的だった。

それは自分の視野が狭いなぁと反省させられるひとことでもあった。

100年というスパンで考えたときに、自分の仕事がどうあるべきか?という視点なんてまったく持ち合わせていなかった。目先どころか、自分の足下ばかり見ていた気がする。

技術的なことや写真の内容より、そのひとの写真に取り組む姿勢に多くを学んだ。

いいことつづき。

 

いいことつづき。

どうしてもわたしに見せたい写真集があるから、と、
たいせつなともだちが会いに来てくれたこと。

好きな写真家が、送る荷物に印画紙をそっとしのばせてくれたこと。
同じそのひとが、わたしの作品を楽しいと言うてくれはったこと。

いいことは、どれもこれも写真つながり。
ほんまに幸せなことやと思う。

2007はのっけから、いいことつづき。
ありがとう。

車座シンポジウム

 

2月中旬。京都嵯峨芸術大学にて、現在活躍中のアーティストをまねいて車座シンポジウムが開催されます。

2月10日(土) 松江泰治さん
2月14日(水) 木村友紀さん

どちらも15時~17時30分。
前半1時間がアーティストの講演。後半が質疑応答による対話形式で進められます。
美術批評家の清水穣さんがナビゲーターをつとめます。

活発な対話が生まれることをめざしていますので、学外からの参加も大歓迎です。

まさぐる

 

 触れるというのはまさぐることだと、以前に書いた。触れるとは、身体の表面が物に接触するという偶発的な出来事を意味するのではなく、対象への能動的な関心をもって、触れるか触れないかのぎりぎりのところで物をまるで触診するかのように、愛撫するかのように探る行為だといった。が、これはなにも触覚にかぎられることではなかったのだ。触診、聴診のみならず、見ることもまたすぐれて世界をまさぐるという行為なのだろう。

(『感覚の幽い風景』 鷲田清一著 紀伊国屋書店 2006 より抜粋)

「まさぐる」ということばがぴったりだと思った。
松江泰治氏の写真集『JP-22』。都市の見せる微細な表面を、わたしのまなざしはまさに「まさぐる」。潜るということばもどこかで聞いた気がする。細部にわけいるまなざし。そこから少し遠のいて全体を見るまなざし。細部に集中しているときは全体は見えていない。全体をまなざすときは、細部までは見られない。その視覚の不可能性や、往復運動はたしかに「潜る」行為に似ていると思った。

でも「まさぐる」もいい。
触覚的なニュアンスや、見る人の能動性をうまく表現している。
彼の写真はまさに、見るひとのまなざしが「まさぐる」ことを誘う。

わたしはそこがおもしろいと思う。

問いのたてかた。

 

最近「感じる」がずいぶんおろそかになっている、と思って、ひさしぶりに鷲田清一さんの著書をひらく。『〈想像〉のレッスン』は、具体的に芸術作品をひいて書かれたもので、いくつか写真作品についても書かれている。

「みえてはいるが誰れもみていないものをみえるようにするのが、詩だ」。という、詩人のことばからはじまるこの著書のなかで、

アートもまた、わたしたちが住み込んでいるこの世界の、微細な変化や曖昧な感触を、曖昧なままに正確に色や音のかたちに定着させる技法だといえる。

(p18から抜粋)

とある。

最近、忘れがちだったかもしれない。
抽象的なコンセプトをああだこうだねりまわすより、自分の生活の中で感じたこと。どうしても無視できない齟齬。そういったものからスタートする、ということ。

「写真とはなにか」という問いは、もしかしたら写真をとりまくひとの間だけの問いでしかないかもしれない。「見る」とはどういうことか、という問いならもっと広く共有できる問いとなるのではないだろうか。

もう少し視野を広げてみよう。
そして、もう一度、問いのたてかたを考え直してみようと思う。

まずは音を聴いてみる。

 

foxtail

「撮ってください」と頼まれることと、撮りためたものの中から「ピックアップして、ください」と頼まれることと両方あるのだけれど、今回は後者のほうで、年明けからフィルム総ざらえ大会になっていた。

ねこじゃらしは、英語でfoxtailというのだそう。キツネのしっぽ。
オーダーにかなう写真じゃないけれど、一枚そっとしのばせた。

テレビを見るときと読書するとき以外は音楽を流していることが多い。ものの見えかたとか受け取めかたって、そのときかかっている音楽に影響を受けてしまう。次のお題はその逆で、曲を聴いて感じたイメージを写真にのっける。

まずは音を聴いてみる。

よりによって光が良かった。

 

昇天。

父から譲り受けたのが二十歳すぎのことだから、10年来わたしのそばにあって、いちばん近しい存在だった愛用のカメラ。少しずつ老い衰えていくように、最初に液晶が、そして巻き上げ部分が、最後にミラーまわりが動かなくなっていった。

予感はあったのかもしれない。
でも、決定的な最期を迎えたその朝は、よりによって光が良かった。
このカメラで撮ることができないんだと思うと、
哀しいということばにたどり着く前に、もう涙があふれていて。

ことばをつぎたせばたすほど、気持ちが昂るから、何も考えないように、
努めて光を見ないよう、感じないようにして、そうっとそうっと家に向かう。

それはずっとこころに突き刺さったまま。いまもまだ胸が痛い。

見切れるフレーミング

 

見切れるフレーミング

普通に銀塩で撮影をしているけれど、同時にコンパクトデジカメも持ち歩いている。デジカメで写真を撮るというよりは、もっぱら動物の動画を撮ることが多い。動画だと、映っているものが見切れるフレーミングがあって、それが写真だとあまりないことだから新鮮に感じる。

こういうフレーミングを見ると、写真は1枚で完結させてしまおうとするあまり、几帳面に画面を構成しすぎるんだなとつくづく思う。どうしても、すでにある文法に即して写真を撮ってしまうから、少しゆさぶりをかけています。

このちょっとした「おもろいかも」の種をどう育てるか。見切れている写真でもどんなんでもええわけじゃなくて、どういうのんが「おもしろいんかなぁ」、どこにそのおもしろさがあるんかなぁ…と考えています。それもただ新鮮というだけでなく、恒久的なおもしろさになりえるのかということも。種は育つかもしれないし、育たないまま終わるかもしれない。

今、もっぱらの関心事は「脱中心化」。なにか見せたいものを(意識の)中心に据えてそれ以外のものをぼかしたり、画面から排除するという画面のつくり方はいやだなぁって。

排除しなかったり、完結しなかったり、ということ。

不安定な混交

 

雨があがり、カメラと一緒に外に出た。
強烈な黄色の光、夕暮れとともに押し寄せる青と不安定な混交。
あまりの振れ幅に、おどおどする。いつも通る道なのに。

同感

 

数年前に友人がプレゼントしてくれた美術手帖、森山大道さんのインタビュー記事を読み返していた。

「一枚のタブロー化された作品というのは本質的な意味で写真ではないという、タブロー化への反感もあった。」

写真をばっちりと一枚の完成された「作品」に仕上げることに違和感を覚えていた。他人の作品を否定はしないけれど、自分は違うと思っている。そういうふうに理由もわからないまま、自分の直感を確信していることがいくつもある。理由がそれに追いつくのに数年かかることもある。

自分でも理由がわからないから、たまに同感できるものに出会うとほっとする。
ほっとする。けれど、理由はまだ見つかっていない。

ただシンプルに、写真は断片なのだから断片のままでいいのだと思っている。

試されている。

 

うすもやのdefuse、印象そのものだった世界ははるか。

冬が来る。

くっきりとした空、なんと影の濃い。

暴力的なそのコントラストに、
不必要なほどはっきりした輪郭たちに、
目をそむけたくなるのをこらえて。

色も光もすべてが主張、主張、主張。雰囲気写真に逃げられない。
ハイコントラスト、目が痛くなるほどの乱暴なフィルムがあがるのは重々承知で、
わたしは外に出た。

どう撮ればいいのか。
どう受けとめればいいのか。
どう接すればいいのか。

光に試されている。日々、試されている。

見たかったんだ。

 

快調に朝の撮影を続けていて、今日はええ感じと思っていたら、フィルムを装填していないことに気がつく。ありえない。初歩的なミス。

そういえば、大竹伸朗だったかがインタビューで若かりし頃のことを思い出して「フィルムが入ってなくてもいいくらいだった。」と答えていたように記憶する。

毎日、午前中の限られた時間の中で徒歩で撮れる範囲は限られている。自ずと同じ被写体を何度も撮ることになるけれど、それでも、フィルムが入ってなくてもいいくらいとは思えない。

明日もまた歩いて、同じように撮るけれど、それでもやっぱり痛い。
見たかったんだ、その写真を。

言葉に対する感受性

 

できるだけゆっくり『写真と日々』を読んでいた。クールでスピーディーな分析に追いつけずに、何度も反芻しゆっくり咀嚼しながら読み進むのが通例なのだけれど、突然、胸が詰まる思いがした。少し長いけれどその箇所を抜き出そう。

 この時期の中平の文章の異様さは、「私」が、ある例外を除いて、格変化しないところからくる。格助詞を欠いた、いわば不定詞形の「私」。「思い出すことができない」「必要な文章を書く」「作り上げねばならない」という動詞の主語になりえずに、ただそのとなりにあるだけの「私」。あらゆる文脈に接続される以前の、内包を持たないまま宙に浮いた形式としての私は、しかし、「私が写真家で在る」という文章においてのみ、主語となる。「私は」ではない。「私が」なのだ。あなたは何ですか?私は写真家です。写真家はどなたですか?私が写真家です。「私」よりも「写真家」が先なのである。つまり、「写真家で在る」ということのみ、このたったひとつの絆を通じて、不定詞の「私」は世界に接続される。写真が、平凡であることの重みという、人の実存をつなぎ止めることがあるのだ。透明な形式にすぎなかった者が、現実性を獲得して色づく。「原点」とはこのことである。無名性はじつは問題ではない。私は中平卓馬だ、ではなく、中平卓馬が私だ、なのだ。
(『写真と日々』 清水穣著 現代思潮新社 2006 から抜粋)

記憶をまったく喪失してしまうということがどういうことなのか、わたしにはまったく想像もできていなかった。けれど、この文章を読んだとき、その凄まじさに触れて不覚にも泣いてしまった。

これだけ丁寧に説明されてやっと知りえるというのは、わたしが鈍感なだけかもしれない。でも、「私、ほとんど何事も思い出すことができず、…私ようやく必要な文章を書くことが、可能となりましたが…」という中平の文章から、彼の置かれている状況を濃やかに察する感受性。感受性にもいろいろあるけれど、言葉に対する感受性のすごいものに出会った気がした。

同心円上をぐるぐるまわっている。

 

先日のミソヒトモジたちとの会話の中で「写真の本質って何?」と訊かれ、まったくコメントできずにいた。そのことでひどく、ひどく悶々としている。

そういうことは、案外近すぎて見えていない。いちばんシンプルな回答は、「光の記録媒体」なんだと思う。レコードが音の記録媒体であるように。

それにしても写真にはいろいろとロマンティックな言説がつきまとう。
過去性や記憶というキーワードはよく耳にするけれど、はたしてそれが「写真」の本質なのか。写真にしか言えないことなのか。それとも記録媒体全般にあてはまるものなのか。そういうことを、寝しなにつらつら考えながら、そういえば、王家衛の『ブエノスアイレス』で、南米最南端の岬をめざすチャンが、ファイにさし向けたのはカメラではなくてテープレコーダーだったな、とか。映画のラストで、ファイが台北にあるチャンの実家でくすねたのはチャンの写真だったな、とか。

核心にはたどりつけずに、同心円上をぐるぐるまわっている。まだしばらく悶々としそうだ。

写真は写真のままでいいんだと思う。

 

第1弾のフィルムがあがってきて、スキャニング。スキャナの設定のせいかえらく黒がつぶれているのが気になる。色ひとつで写真の印象はまったく変わるから、色って大事やなぁと思う。

以前よりずいぶんラフに構えるようになってきている。でも、まだまだ、いろんなものを引きずっている。

スナップって誰にでも撮れてお手軽なぶんいちばん慎重にならんとあかん。その緊張感がええのかもしれない。あと、ものごとを権威づけるシステムというものが根っから嫌いなんだと思う。真っ白い箱の力を借りてただの写真を「作品」にしてしまうこととか齟齬があった。

展覧会をして、わざわざ遠いところから足を運んでもらって、写真を見てもらうことにも気後れがあった。写真なんて流通のしようはいくらでもあるのに、わざわざ展覧会の会場に来てもらうんだったら、その会場じゃないと得られない体験を提示しないといけないと思っていた。だから、作品は自然とインスタレーションのかたちを採ってきた。展覧会という作品発表の形式が最初にあって、そこからインスタレーションという作品形態が導きだされるのは、順序がおかしいんじゃないか。まず作品があって、それに適した発表形式を選ぶのがまっとうなんじゃないか。

わたしはスナップを撮るのがいちばんしっくりするし、スナップなら点数もたくさん見せたほうがいい。いまは冊子形態やweb媒体といったものに発表形式をシフトしようと思っている。だから展覧会をするつもりはまったくない。数年かけてスナップを撮って、それを適切な方法で見せる。中長期プラン。だから毎日少しずつ撮りためていっている。

わたしは美術からスタートしたのではなく、写真からスタートしたのだから、写真は写真のままでいいんだ思う。わざわざ白い箱に持ち込んで「作品」として見せることを意識しなくていい。さりげない方法ですばらしい視覚体験を提示できれば本望。

手放す勇気。

 
空をつなげる

resetすると決めてからほぼ毎日、朝か晩は撮影に出かけている。

カメラを持った当初、なんやようわからんけど、妙にひっかかるという感覚だけをたよりに撮影をしていた。何を撮っているのかようわからへん写真ばっかりやった。数年撮っているうちに、フォトジェニックなものばかりを追うようになっていった。そして光や影に対するフェティッシュなまなざしも内面化してしまっている。

そういったものをすべてresetしたい。光や影も含め「もの」に対する関心を捨てて、その場から立ち上ぼるニュアンス(空気感という言葉は安直すぎて嫌いだけれど)に感覚を研ぎすませよう。たぶん、撮りはじめた頃の状態まで、いったん戻らないといけないと思う。それでもいい。

とある写真展で、技術に走ったおもしろくない写真と、つたなくても空気感をうまくとらえている写真とを同時に見たときに思った。写真に長く携わる人が陥る落とし穴にはまってはいけない、と。

手放す勇気。

まだまだ。まだまだ。

 

昨日の朝、コーヒーを淹れながらぼんやり考える。

被写体ではなくて、撮るものと撮られるものの「あいだにあるもの」、その関係をとらえたくてスナップを撮っているのだと思う。

「わたし」と「世界」との関係。

スナップについては、ずっと「何を撮っているのですか?」という問いに答え損じてきた。
なるべく特定の被写体ばかりを選ばないようにしてきた。
トクベツなものも撮らないようにしてきた。
被写体によってシリーズをまとめることに違和感を感じていた。
この数年、自分の興味が現象学のほうへと向かっていた。
そういうこと、すべてに合点がいった。

スナップによってとらえようとしているのは、被写体そのものではない。関係性なんだ。

それをきちんと言語化するのに4年もかかった。
そして、夜、むくんだ足が痛くて眠れないくらい、歩いて撮った。

まだまだ。まだまだ。

まだ少しはやい。

 

少し光が秋めいて、喜びいさんだ午前7時。

世界はあまりに黄色く、想像以上に光はきつく。
まだ少しはやいのかもしれない。

影も長すぎる。
朝の光は思っていたほど素敵じゃない。叙情的すぎる。

焦って撮った数枚のせいで、自己嫌悪。
仕上がったフィルムを見て、また自己嫌悪に陥ることも想像に難くない。

撮るべきもののないときは絶対に撮らないこと。

time lag

 

TIME LAG

写っているものがなんであるかを把握するまでの時間。「ん?これ何だろう?」と、「ああ、そういうことね」の間に起こる「何が何でも写っているものを同定したい」という抗えない欲求。そういうものに興味があります。

被写体ではなくって、見るという行為への関心。

ひとつの覚悟

 

迷っていたのは、構成的な写真を撮るのかスナップを撮るのかということ。

わたしはスナップの可能性をずいぶん悲観していた。悲観しながら、自分の根本にあるのはスナップだという事実との間で、右往左往していたのだと思う。

「ただ」のスナップで何ができるのか。ましてや商業にのっからないところでスナップを撮り続けるなんて、趣味で終わってしまうんじゃないのか…。そういう思いが頭をかけめぐっていた。現代美術を前提として構成的な作品をつくるという方法もある。そのほうが傍目には「作品」と認識されやすい。でもね…本当にそんなことがしたいんかなぁって。

今日、ひとつの覚悟をする。
いまさらだけれど、わたしはスナップを撮る。

コンセプトをたてて構成して撮ることにも、同じような被写体ばかりを追うことにも、違和感を感じている。ごまかしてもしかたがない。

迷って立ちすくんでいるわたしの背中を押してくれたのは、批評家の丁寧で繊細なしごと。

今年いちばん贅沢だった10時間と40分。

 

初日ははずしてしまったけれど、清水穣氏の講義「森山大道研究」を3日間ぶっとおしで受ける。今年いちばん贅沢だった10時間と40分。

あらかじめ境界線を画定してそれを突き抜けるという、写真をとりまくモダニズムの二元論への批判を受けて、昨日の自分のコメントが、そのまんまモダニズムの言うところを引きずっているということに気づきドキっとする。「いま自分が撮っているものの限界をみきわめて、そこからそれを超える方向に向かっていきたいなと」…なんて。知らず知らずのうちに、ある思考体系を前提としているのは恐ろしいと思う。

展開が早かったからまだ未消化の部分も多いけれど、たくさんいいことがあった。森山大道の近作の読み方がやっとわかったこと。いつも煙にまかれるようであった写真論や写真批評について少しクリアになったこと。自分が抱える問題意識を整理できたこと。なによりも、スナップの可能性を信じる気持ちになれたこと。

感謝。

※最新号のInter Communication「コミュニケーションの現在・2006」に「荒れ・ブレ・暈け」再考 というタイトルで清水穣氏が寄稿されています。関心のある方はどうぞ。

映像的

 

映像的

透過物をとおりぬけてきた像は、いささか抽象性を帯び、事物そのものというより映像的に受けとられる。(「映像的」のほかにいい表現がみつからない…)

「これはあじさいだ」ではなくて、「これはあじさいの像だ」という感じで。物理的に一枚なにかがはさまるだけでなく、認識にもなにか一枚あいだにはさまるように感じられる。

クリアにあじさいが写っている写真とは違うものをこの写真から受けとるのはなんでろう…というところに関心がある。

指標性

 

投げかけられる影もまた、事物の指標となり得よう。
写真と影の共通項、指標(インデックス)性。

写真を使わない

 

コンペ用に過去の作品をまとめると同時に、あたらしい展示プランを考える。

いろいろ作業をするなかで見えてきたこと。

現時点でわたしは、
写真そのものよりも空間展示に関心の重心がある。

ホワイトキューブの展示を前提とするプランの公募で
わたしがしあげたプランは、写真を使わないインスタレーション。

写真を撮っているうちに鋭利になったのは、光と影に対する感覚。
特に、影に対してはフェティッシュなほどにひきよせられる。
言葉で説明はできないけれど、そこにわたしにとっての「必然」がある。

影をテーマに作品をつくりたいと思っていたことにいまさら気づき、
大きなホワイトキューブに写真を展示するより、
影で空間を構成することを考えたいと思った。

すこし実験をはじめたから、このまま続けてみようと思う。

備忘録

 
  • 写真の画面上で何が起こっているかということに意識的であること。
  • 隔たり、distanceという意味でも、differenceという意味でも。
  • 何がうつされているかではなく、イメージの強度、緊張感、そういった映像としての写真の評価軸を自分の中に持つこと。
  • 現実の光景と、写真の画面上のイメージとの差異におもしろさを感じていること。
  • ひとの視覚、ものの見方の特性を、カメラアイのつくりだすイメージとの差異によってあぶりだすこと。

日々悶々と考えていること。雲散霧消してしまうまえに。

質量0の写真。

 

写真は写真のままであるほうが、まだ自由なのではないだろうかと思うときがある。

写真を「作品」としてホワイトキューブで展示することにわたしはまだ違和感を感じている。

写真を展示をする際には、その空間で写真を見せる意味を考えたいと思ってきた。だからわたしの場合、写真の展示はインスタレーションとしかなりえない。どこでどのように見せるかは写真の内容と連動する。

話を戻そう。
写真はもともと複製物だからこそ写真集という形態が可能である。
提示の仕方としては、写真集の可能性もwebの可能性もあるのだ。
写真の複製物としての可能性をあたまの片隅で考えつづけること。

特にweb上を行き交うデジタルの、「質量0の写真」の可能性を。

自由を確保する。

 

いま写真はまったくのスランプ。
自分の撮っているものが自分でおもしろくない。

ひとつ土台として決めたのは、写真制作を経済活動とリンクさせようと目論むのはやめること。
どんな写真を撮ってもいい自由を確保する。

簡単にひとの感情や感傷に訴えるようなものはやめることにした。
わかりやすいものを撮るのもやめにする。

かつての級友はイラストレーターで生きていくと決めてから作風がかわった。
わたしは、同じ授業で緑やらオレンジやらきわどい色彩で描いていた彼のグロテスクな自画像が好きだった。絶対に万人ウケはしないけれど、ゴテっとした芯を感じていた。いまは、完成度の高い良いイラストを描いている。

わたしは、そうではないほうを選びたい。
たとえ受け入れづらかろうと何か言い知れぬ核のあるものをと思う。
経済活動と直結しようとすると無意識にも他者のニーズを意識する。
そこに不自由が生まれる。