ひとは、自分を被害者だと思い込むときがいちばん、加害者になりうる危険性が高い。

「外部から邪悪なものが立ち現れて、無垢な自分(たち)を傷つける」という構図のもとに大虐殺が正当化されていた、という文章を、前に多く読んでいたのに、実際に自分の過去にあてはめてみるまで、実感として理解できなかった。

わたしは、わたしがしてきたことを、「やむにやまれず」なんてことばで、知らず知らずのうちに正当化してきた。こわいのは、その自分のこころのうごきに「正当化」ということばすらあてはめることなく、「正当化」なんてことばは、今はじめて発見したというくらい周到に、無意識下で正当化していた、ということ。

自分のことを被害者だと思っているうちは、自分のしたことによってたいせつな人がどれほど傷ついたのか、気づくことも、想像することも、できなかった。あるいは、被害者だと強く思い込むことによって、気づかないようにしていたのかもしれない。

ほんとうに長いあいだ、気づかなかった。

だから、これからは、そのこわさに気をつけながら、ひとのあいだにあって、おだやかに生きてゆきたい。