どこの家でもおおかた、母親はその道数十年の家事のプロだと思う。でも、そんな母のノウハウを無視し、父はインターネットのレシピを見ながら料理をつくる。最初は不愉快に思っていた母も、最近はあきらめがついたらしい。

「彼は歴史家だから、書かれたものしか信用しないの」

ちょうど今読んでいる、網野善彦の『日本の歴史をよみなおす』(筑摩書房 1991)の中に、日本が律令国家を築くうえで文書主義を採用したことが書かれている。書かれたものしか信用しないのは、どうやら父ちゃん一人だけのことではないようだ。

あたりまえのように思っていたけれど、日本が、口頭のやりとりではなく、文書に重きを置いた国家であるということ。またそれによって、おなじ日本国内でも(各地の方言のように)口頭の世界が多様であるにもかかわらず、文書の世界の均質度が高かったというのがおもしろい。鹿児島のバス停で隣になったお年寄りの会話がまったく聞き取れないにもかかわらず、各地で見つかる木簡・書簡はどれもきちんと読めるという挿話に、なるほど。

日本の歴史をよみなおす』(網野善彦著 ちくまプリマーブックス50 筑摩書房 1991)は、平易な文章で読みやすく、とてもおもしろい本。身近でありながら、知らずにいたことを知ると、生活にすこし深みが出ます。