LISA SOMEDA

暗室 (3)

潜像

 

新型コロナウイルスによる外出自粛期間中、部屋の壁に射す光をインターバルで撮っていた。

青の時間と呼ばれる薄明の光がどんなふうに変化するのか。
どんなふうにわたしたちのところに夜は訪れるのか。

そんな素朴な疑問から撮りはじめたものの、ただうっすら明暗差があるだけの壁にレンズを向け「なんも撮れへんやろうな」と思いながらインターバル撮影をセットする日もあった。その写真を「手応え薄そう…」と思いながらタイムラプスにしあげてみたら、通常速度ではまったく気づかない微かな光の変化が、外の雲のゆるやかな流れを反映していることに気がついた。なんだか潜像みたいだなと、そのとき思った。

目の前にあるのに、そのままでは認識できないもの。

もうひとつは、ぼやけていた影の輪郭が光の調子の変化によって引き締まっていくさま。それが現像液にひたした印画紙に像がふわっと現れる瞬間にとてもよく似ていて、心揺さぶられるものがあった。

輪郭がゆるすぎてぼんやりとしか認識できない身のまわりの明度差が実は何かの像だとすれば、世界は潜像で満ちているのではないか、と。

この文章を読んで、そんなことを思い出した。

さて、ここで少し遡って考えてみたいのは、現像によって「像」が現れる前に、その真っ白な感光紙の上には何があったのか、ということだ。そこには確かに「像」が準備されていただろう。だが、それは見えない。トルボットは、その不可視の像に「潜像(latent image) 」という名前を与えた。「latent」はラテン語の起源を持つ単語で「隠れて見えない」という意味を持つ。しかし「見えない像」とは、いったいなんのことか?もし不可視な像があるとしたら、それは純粋に観念的なものであり、僕らの頭の中にしか存在しなかったもののはずだ。それが、喩えでもなんでもなく、そこに、その白い紙の上に、実際にあるという。

 観念がそのまま日常世界に、呆気にとられるほどの即物性を備えて舞い降りてきてしまったかのような、魔法を見ることにも似た衝撃がここにはないだろうか。「潜像」は、「像」とは未だ呼べない、表象不可能な「像への可能態」だ。こんな「像」のありようは、確かに写真術誕生以前には、決して存在しなかった。

(『自然の鉛筆 The Pencil of Nature』ウィリアム・ヘンリー・フォックス・トルボット著 青山勝編・訳 赤々舎 2016 / 団栗と写真 ゲルハルト・リヒターおよび「像」についてのメモランダム 畠山直哉 p.89より)

像の現れに驚くこと。それが、写真術の始まりだった。現れる以前の「見えない像」に胸をはずませること。それが写真行為の原点だった。写真とは、「見えない像」というパラドックスが現実に成立してしまった時代、つまり僕らの暮らす現代を、驚きの目で眺めることだった。写真はそうして、写真家に限らず、すべての人間の視覚的認識を根底から変質させたはずだ。(同書 p.90より)

今でもわたしは

 

今年はあいにく体育館での開催となったのだけれど、赦免地踊を観に行った。

はじめて訪れたのは4年前。
市街地から北に向かうにつれ、少しずつ空気がひんやりと、夜がその存在感をましていくように感じられた。そして、山あいの夜の暗さと静けさに圧倒され、蝋燭の灯に揺らぐ切り子燈籠のうつくしさ、女性に扮する少年たちの妖しさに魅了された。

それこそ京都は祭りの宝庫で、雅なものから勇壮なものまで多種多様な祭りがあるのに、なぜこの小さな集落の祭りにひときわ心魅かれるのだろう?と、帰宅後もしばらく考え続けていた。


この数年、訪れた土地の夜の暗さにほっとすることがある。
ここは夜が夜らしい暗さだ、と。


半月ほど前、ある人から「なぜ写真なのですか?」と尋ねられた。

わたし絵が描けないんです/学生時代、自分で問いを立てることが求められたのは写真の課題だけだった。もしその課題が写真ではなく彫刻だったら、わたしは彫刻をしていたかもしれない/暗室だけが安心して泣ける場所だった/なにか素敵なもの、それまで見たことのないようなあたらしいものの見えかた、そういったものに意識を向けながら世界をまなざすこと、太陽の下を歩くという路上スナップの行為そのものが、当時の自分のこころを支えていたように思う

そんなふうに答えたと記憶している。

「もしかして暗室は…」
言いかけた相手のことばを引き取るように、わたしは答えた。
「子宮なのかもしれません。唯一、安心できる場所でした」


山あいの夜の圧倒的な暗さと静けさ。それに抗うのではなく、折り合いをつけるかのようにひっそり執り行われる集落の祭り。自分の輪郭がほどけるような暗さと静けさのなか、揺らめく灯に誘われ、ふだんは届くことのないこころの深い場所に触れられる気がした。

ああそうか。
今でもわたしは暗く静かな場所を求めているのかもしれない。

魔術のような世界だった

 

部屋の整理をしていると、古い印画紙の箱と一緒に、大学時代、暗室で焼いたモノクロの写真が出てきた。

いま見ると拙いものばかりだけれど、せっかくなので何枚か残そうと選びながら、印画紙の質感っていいなぁ、と感じ入る。たぶん、当時のわたしはそんなふうには思っていなかった。

グラフィックデザインを志して進学したにもかかわらず、ずぶずぶと写真にはまり込んでしまった理由のひとつは、暗室作業が好きだったから。

暗室での作業が、ただただ楽しかった。
赤いランプの下、現像液のゆらめきの中で像が浮かび上がる瞬間がものすごく好きだった。もしかしたら、しあがった写真より、像の生まれる魔術的な瞬間を愛していたのかもしれない。

暗室の隣には立派なスタジオもあって、あるとき恩師がその重厚な扉に穴を穿ち、スタジオをまるっとカメラ・オブスキュラに仕立ててしまった。その小さい穴から射し込む光が結ぶ、さかさまの像は、それこそ魔術的だった。

すっかり忘れていたけれど、写真をはじめた頃、わたしにとって写真は、魔術のような世界だった。
作品云々よりずっと手前のところで、その魔術性に魅了されてしまったのだと思う。

フルデジタル化して、ずいぶん遠のいてしまったな。
もう一度、暗室作業、やってみようかな。