LISA SOMEDA

追憶 (2)

ラテンチャンネル

 

インターネットラジオのラテンチャンネルをずっと流していたからだろうか。
急に、リマの記憶が鮮明な映像としてあふれだした。

タクシーの黒い合皮のシートの質感とか、
排気ガスの臭気にあたってぐったりしながら、
見上げた位置に流れる街の景色。

たぶん、5,6歳の頃の記憶。
なのに、妙に生々しくて懐しくて。

南米で暮らしたその時間は、生も死もはるかに近くて、
幼いわたしにもわかるくらい、色気に満ちていた。

クーピーの並べ替え、図形の問題、

 

なんで、この色とこの色が一緒やとうわぁ好きな感じになるんか、
そういうことを知りたかってん。

美学の話をしていたときに、同年に卒業したともだちが、
大学に入った理由のひとつ、として言っていたこと。
それが、このところ、ずっとこころにひっかかっている。

優美だと感じさせる曲線、と、そうでない曲線。
綺麗だと思わせる色あわせと、そうでない、色あわせ。

幼いころ、クーピーを並び替えて遊ぶのが好きだった。
(もしかしたら絵を描くことよりも…)
並べ方によって、きれいに見えたり見えなかったりしたことが不思議だった。

日々の生活のなかでも、
自分の目が喜んでいると感じること、と、そうでないこと、があって。
美の体験、ってなんなんだろう?と今さら気になりはじめた。

小学校高学年以降は、
一本の補助線を引くだけで、するするっと謎が解ける、
図形の問題にとり組むのがとても好きだった。
一本の線の持つ力に、ドキドキしていた。

見た目の美しさとは違う次元だけれど、
謎を解く補助線の機能を、美しいと感じていた。

線ってなんなんだろう。色ってなんなんだろう。

それらに接して、
わたしの目が喜んだり、喜ばなかったりするのは、
なんでなんだろう。