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記述方法と対象のマッチング

物理学では、科学者はモデルや理論をつくって、この宇宙に関する観測データを記述し、予測をおこなう。その一例がニュートンの重力理論であり、もう一つの例がアインシュタインの重力理論だ。これらの理論は、同じ現象を記述していながらも、まったく異なるたぐいの現実を表現している。ニュートンは、たとえば質量を持った物体が力を及ぼしあうと想像したが、アインシュタインの理論では、その効果は空間と時間の歪みによって起こるものであり、そこに力としての重力の概念は含まれていない。

 リンゴの落下はどちらの理論を使っても精度よく記述できるが、ニュートンの理論のほうがはるかに使いやすい。一方、運転中に道案内をしてくれる、衛星を使った全地球測位システム(GPS)で必要となる計算をおこなう際には、ニュートンの理論は間違った答えを与えるため、アインシュタインの理論を使わなければならない。現在では、どちらの理論も、自然界で現実に起こっていることの近似でしかないという意味で、実際には間違いであることがわかっている。しかし、適用可能な範囲で自然をきわめて正確に、そして有用な形で記述してくれるという点では、どちらの理論も正しい。

(『しらずしらず――あなたの9割を支配する「無意識」を科学する』レナード・ムロディナウ著 水谷淳訳 2013 ダイヤモンド社 p66より抜粋)

旧い話だけれど、工学部に在籍していたころのわたしは、とてつもない落ちこぼれだった。
次々と出現する記号にとまどい、まったく内容が理解できない講義に「母語がこんなに理解できないなんて!」と驚きすら覚えながら、暗号を書き留めるかのように板書を写す、そんな学生時代だった。
たぶん電磁理論の講義のあとだったか。「なんで、こんなわけのわからん記号をようさん使わなあかんのやろ。」とぼやく私に、

「aはbの3倍である、bはcを6つに等しく割ったうちの1つである。と文章で記述されるより、a=b×3 b=c÷6 のほうが簡潔やし、パッと見て事実関係がわかりやすいやろ。数式は、いくつかある表現のなかで、もっとも使い勝手のいいものと思ったらええねん。」

と級友が諭すように言ったのを思い出す。
そのときにはじめて、数式を「唯一の真実」ととらえるのではなく「数ある表現のうちのひとつ」ととらえることを知った。

同じころ、言語学の講義で、that節が入れ子になっているような英文は、日本語に訳すより英語のままのほうが事実関係を把握しやすいという話を聞いた。

CがDを嫌っていることをBが悩んでいるらしい、とAが言っていた。

というような、少し複雑な状況を説明するには、英語の構造のほうが日本語の構造よりも適している、と。
そこで、記述(表現)方法と対象とのあいだには、向き不向きがある、ということを知った。

ここに出てきた物理学の理論。数式、言語。もちろん、視覚表現も然り、だろう。
記述(表現)方法と対象とのマッチングについて、あらためて考えてみる必要があるな、と思った。

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