LISA SOMEDA

language (10)

ことばはいつも後から

 

なんだかいやな感じ、だとか、なじめない感じ、だとか、
そういう齟齬としてとらえられた感覚が、
ずいぶんあとになって、他人や自分のことばに輪郭づけられることが多い。

ことばはいつも後から追いついてくる。

最近やっとそういうことがわかりかけてきた。

ことばで輪郭づけられるまでの、居心地の悪さのようなものは、
勘違い、くらいのことばで簡単に片付けられるものかもしれない。

でも、ことばにならなくても、そういうもやっとした感覚は、
もやっとしたまま大事にとっておいたほうがいいのだ。

0.01とか0.00023くらいの、
ともすれば、端数や誤差として削られて0にされちゃうくらいの微細なズレの感覚は、
ことばに出会って増幅され、確たる差異として認識されうるものかもしれないし、
簡単に切り捨ててしまってはならない。そういうことを考えた。

なんとなく気持ちがわるい、とか、
なんとなく居心地がわるい、とか、
なんとなくなじめない、とか、
そういう気分にはならないにこしたことはないけれど、
そういのをなかったことにし続けると、
知らないあいだに大きくなにかを損ねてしまう、気がする。

感じていることに気づかないふりをする、なんてことは、
絶対にしないほうがいい。

身体で感じることをあなどってはならないし、
ほかでもない自分が感じるところを、もっと信用してやろうよ、と、
なぜかそう、強く思った。

そういうことを伝えたかったのに

 

年をおうごとに、ことばのレパートリーは増えているはずなのに、いざとなると、ほんとうに伝えたいことを、まっすぐ伝えることが、どんどん、難しくなっていく。

ことばがうわすべりするのが、自分でもよくわかっていて、
つらくなって、さらにことばを重ねて、撃沈。

ほんとうは、すごく感謝していることとか、
その真摯な姿にこころをゆさぶられたこととか、
そういうことを伝えたかったのに。

人間はしばしば弱く、かつ間違っている。

 

内田樹さんのブログにあった、村上春樹のエルサレム賞の受賞スピーチ。
からだの芯にずっしりきた。

Between a high solid wall and a small egg that breaks against it, I will always stand on the side of the egg. Yes, no matter how right the wall may be, how wrong the egg, I will be standing with that egg.
「高く堅牢な壁とそれにぶつかって砕ける卵の間で、私はどんな場合でも卵の側につきます。そうです。壁がどれほど正しくても、卵がどれほど間違っていても、私は卵の味方です。」

このスピーチが興味深いのは「私は弱いものの味方である。なぜなら弱いものは正しいからだ」と言っていないことである。

たとえ間違っていても私は弱いものの側につく、村上春樹はそう言う。
こういう言葉は左翼的な「政治的正しさ」にしがみつく人間の口からは決して出てくることがない。
彼らは必ず「弱いものは正しい」と言う。
しかし、弱いものがつねに正しいわけではない。
経験的に言って、人間はしばしば弱く、かつ間違っている。
そして、間違っているがゆえに弱く、弱いせいでさらに間違いを犯すという出口のないループのうちに絡め取られている。
それが「本態的に弱い」ということである。
村上春樹が語っているのは、「正しさ」についてではなく、人間を蝕む「本態的な弱さ」についてである。
それは政治学の用語や哲学の用語では語ることができない。
「物語」だけが、それをかろうじて語ることができる。
弱さは文学だけが扱うことのできる特権的な主題である。
そして、村上春樹は間違いなく人間の「本態的な弱さ」を、あらゆる作品で、執拗なまでに書き続けてきた作家である。
(内田樹の研究室 2009/2/18 「壁と卵」より抜粋)

自分のものであっても、他人のものであっても、「弱さ」によりそいたい。
そう思ってはきたが、

「たとえ間違っていても私は弱いものの側につく」
果たして自分は、ここまで言いきれるだろうか。

ことばが、乱れました。

 

昨日の挙式でのこと。

親族代表として挨拶をされた新郎の父が、挨拶のことばに詰まったときに、そうおっしゃった。

ことばが、乱れました。
こころが、ととのいません。

ゆっくりと、ひとこと、ひとこと、ていねいに紡ぎ出されることば。

思わずシャッターを押す手がとまった。
たったひとことに、ひっぱられた。

誰もがだいたい、こらえたり、誤摩化したり、あるいは、そのまま通り過ぎるところを、まっすぐ自分のこころのあり様を見つめ、そのままことばにされたことに、驚いた。

そして、新しく家族に迎えるお嫁さんを、「家族をあげて、いや、親族をあげて、お守りします。」とおっしゃるところにいたっては、他人の家族のことなのに、涙が出そうになった。

ひさしぶりに、こころの深いところにことばが触れた。

こんなにまっすぐ届くことばがあるんだな、と驚くのと同時に、
わたしたちが普段、どれだけことばをぞんざいに扱っているか、ということを身につまされもした。

きっと死ぬまで忘れることはないであろうそのことばは、
わたしの中で、今も疼くようにしてある。

雪の音を聴いてみる。

 

「ほんとうに雪はしんしんと降るのか?」

耳を澄ませて雪の音を聴いてみる。

舞い降りる瞬間の音は、スチャッ、スチャッ。
少し雨まじりだから、湿った音がする。

きっともっと細かい雪でも、
いちばんリアルな音は顔やからだにふりかかる音だし、
雪の降るなかにあるひとにとって、雪の音は、もっと具体的。
しんしん、ではない。

あとから気づいたけれど、きらきらと星が輝く、のきらきらは擬態語。
ゆらゆら揺れるの、ゆらゆらも擬態語。
同じように、しんしんも、擬音語じゃなくて、擬態語。

きらきらは煌めき、ゆらゆらは揺れる、ということばからも類推されるけれど、
しんしん、はどこから来るんだろう。

ひとつ言えるのは、そんな上品な表現は、
窓から外の雪を眺めているひとにとっての音景なんじゃないかということ。

今日も帰り道、雪にふられたけれど、雪の最中にあったら、
擬態語だとしても、きっと、「しんしんと」は使わないなと思う。

さて、長くなったけれど、
最中にあるひとと、それを傍観するひととでは、
表現に差があるということを考えていたのです。
ひとがどのポジションに身を置いているかは、
その表現のなかで、あからさまに露呈する。

よくも、わるくも。

一人称

 

ひとと話しているとき、
一人称に、そのひとの自己認識を垣間見るのがおもしろい。

一見おとなしそうなひとが、俺と言うのに驚いたり、
会社の社長さんが、僕と言っているのを素朴に感じたり、
おいら、なんて、かわいらしい表現をするひともいる。
あと、学者御用達の「小生」。

ふるくからの友人には、わしとかオレと言う女性もあるから、
一人称が豊富な日本語って本当におもしろい。

わたしは、わたし、か、うち、を使う。
そして、俺ということばの屹立した感じ、どうもなじめなくて、
どうしても、僕、わたし、を使うひとのほうを親しく感じてしまう。

ことばってほんまに不思議やね。

わたしは彼の志を纏う。

 

2年前からずっと気になっていて、なかなかうかがう機会もなかったのだけれど。
今日はじめて、きちんとお話をした。
そのひとの、ものをつくる姿勢に、身の引き締まる思いがする。

昨日描けなかった線が今夜は迷いなく引けた。

彼の書いたもののなかから、見つけたことば。
誤摩化したり、言い訳したり、の、自分が恥ずかしくなる。
いいものをつくりたい、という気持ちを、誤摩化したら、あかん。

わたしは彼の志を纏う。

あのときの齟齬。

 

2年前「そんなの書けないよ」と思いながら、締め切りに追われて提出した修了論文。齟齬を抱えたまま人前に出してしまった文章。

自分の作品についてのテキストを求められ、久しぶりに修了論文を読み返して、あのときの齟齬が何だったのかを知る。

論文として成立させるために削った部分こそ、制作の肝。

最初から最終形態が見えていたわけではなくて、試行錯誤をしながら、その都度なにかを感じ、取捨選択を行ったはずなのに、論文としてまとめると、あたかも最初からコンセプトが決まってて、最終形態も見えてて、それに向かっていちばん合理的な方法でつくったかのような文章になる。

それってまったくの嘘やん。

いちばんリアルなのは、ドキュメントとして、ひとつひとつの試行で何を知り、その都度何を考え、どう最終形態に結びつけたか。それを時系列で丁寧に書くことなんだと思う。

批評家でも研究者でもない、制作者があえて4000字も書く意味ってそういうところにあるんじゃないかな。

おかんのワンポイント英単語 悪意のある例文つき

 

実家で夕食を食べていると、母がex(エクス)ということばを教えてくれた。
元カレや元カノ、前妻や前夫を指すことばだそうな。

“She bumpt into her ex at Hakata station.”
(彼女は博多駅でばったり元カレに出会った。)

ご丁寧に例文までつくってくれて。。。

constellation

 

修士の担当教官から教えてもらった。

“constellation”

布置という意味ともうひとつ、星座という意味がある。
忘れられないことばだ。

大学のころ、美術の文脈を知ってしまうと、知らないうちにその文脈の範囲内でしかものを作られなくなるんじゃないかと不安で、美術史、写真史にはそっぽを向いていた。そんなわたしを諭すように手渡されたことば。

長い芸術の営みのなかで、自分の実践がどの位置にあるのかを把握したうえで制作をしたほうがいい…と。

それから3年ほどたって、やっとその言葉の意味がわかりかけているのかもしれない。画家や美術家が、成功・不成功にかかわらず、どのようなトライアルを続けてきたのかを知りたいと思うようになった。