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5月の空

空気が乾いた季節の夕暮れどき、ほんのり紅を点したような空が好きだなぁと思って撮り始めたのが4月の中頃。それからしばらく経って、ほぼ定点で撮れるかもしれないと思い、夕暮れどきにベランダの決まった位置に立ち、空にスマホをかざすようになりました(これは今も続けている)。

緊急事態宣言中に見上げた空(ほぼ定点)

「春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは…」のくだりを思い出し、何度か早朝にも撮ってはみたものの、び、微妙……清少納言先生の推しはきっと東の空。これは西の空でした。

緊急事態宣言のなか、生活を変えることを余儀なくされたけれど、そんな中にあっても、あたたかくなれば蕾をふくらませる花々に、朝な夕な美しいグラデーションに染まる空に、わたしは少なからず救われた気もちになっていました。ふだんと何らかわらないペースを保つものに、心強さを感じていたのかもしれません。

平時に戻るまでのそれぞれのままならない日常に、少しでも寄り添えますように。

音楽的に

先日訪れた展覧会で、展示構成がプログラミングのように構築されている印象を受けたのをきっかけに、ひとはどんなモデルで展示構成を考えるのだろうということに興味を持つようになった。

わたしの場合は、音楽的にとらえる傾向があるように思う。

2015年に札幌でペア作品を展示した際、それを表現するのに「主題と変奏」というフレーズが頭に浮かんだ。A/Bのような比較としてとらえられるペア作品ではあったが、2点を同時に視野に入れることはできないので、時間の流れを含んだ「主題と変奏」という表現はしっくりきた。同時に、そういう音楽的な表現がふと思い浮かんだことに、自分でも驚いた。

そう考えると、写真が横に並んでいく作品の構造はそのまま、矩形のユニットが横に並ぶ楽譜をなぞらえているようにも思え、幼少からのピアノレッスンをはじめとする20年余の音楽の経験は、意外なかたちで自分の中に深く根を下ろしているのかもしれないと思うようになった。

展示に限らず、何か構成を考える際に、主旋律、副旋律、転調、インヴェンションの1声、2声、3声の複雑な交錯といった音楽的な構造を、むしろ意図的に援用するのは面白いかもしれない、と思う。

オリジナルとコピー

増補 日本美術を見る眼 東と西の出会い (岩波現代文庫)』にあった遷宮の話が、ずっとひっかかっていた。世界遺産への登録が検討された際、遷宮によって建て替えられた“新しい建物”をどうとらえるかが議論になったという。

コピーがオリジナルにとってかわるという存在のしかたが取りざたされたようだけれど、わたしたち自身、その細胞は日々新しいものに入れ替わっている。むしろ遷宮のシステムは、生物の在りように近いのではないか、とも思う。「存在のしかた」は、ひとつではないのだ。もっと世界に視野を広げれば、もっと多様な「存在のしかた」が見つかることだろう。

それと同時に、あたりまえに交わされる「オリジナルとコピー」という議論が、実に西欧的(西欧ローカル)な問いであることにも気づかされた。

最近、芸術の枠に組み込まれていない視覚表現に関心を持つようになった。そういったところから、芸術における議論を相対化する視点が得られるのではないか、と期待している面もある。そう考えるようになったきっかけは、この遷宮の話だ。

以下、『増補 日本美術を見る眼 東と西の出会い (岩波現代文庫)』 高階秀爾著 岩波現代文庫 2009より抜粋。

 ところが、伊勢神宮においては、コピーが本物にとって代わるーというか、コピーこそが本物であるーという、西欧の論理ではあり得ないはずのことが、現実に行われている。神殿が二十年ごとに建て直されるというのは、もともとは建物が古くなって損傷が激しくなったから新しいものに代えるという理由から始められたものであろうが、それは、本物がいたんできたからコピーで間に合わせるというものではない。新しく出来上がった瞬間に、それは「本物」となるのである。(p31より)

 問題は、もちろん伊勢神宮だけにあるのではない。日本古代のこの神殿が、西欧の論理を戸惑わせるようなやり方で今日まで生き続けているということは、とりも直さず、それが日本人の心性、価値観、ものの味方と、深いところでつながっているからであろう。

 差し当たりまずはっきりしていることは、日本人は西欧人ほどものそのものに価値を置いていないということである。あるいは、ものそのもののなかに本質はないと考えている。と言ってもよいかもしれない。伊勢神宮で大事なのは、建物そのものではない。いや建物はむろん大事ではあるが、その大事だということが、建物の材料であるものとは、必ずしもそのまま結びついていない。現実には二十世紀に建てられたものであっても、あるいは途中で何回も壊され、建て直されたものであっても、現在の伊勢神宮は、われわれにとって、やはり千数百年前とまったく同じ価値を持っている。(p32より)

 この「形見」という言葉は、もともと「かた」(型、形)に由来するものであろうが、とすれば、そのこと自体、きわめて意味深い。事実、西欧に「ものの思想」というものがあるとすれば、日本には「かたの思想」とでも呼ぶべきものがあって、ものそのものよりもかたないしは形の方を重要視する傾向が強いからである。伊勢神宮が六十回も建て直され、そのたびにものとしてはまったく新しい別の存在になりながら、一貫して同じ価値を保ち続けた理由は、それが同じ「かたち」を受け継いでいるからなのである。

 日本人のこのような価値観は、宗教の世界を離れて日常の世界においても、その現われを見出すことができる。さしずめ、歌舞伎の名跡などというものはその代表例であろう。

 かつては、梨園においてのみならず、武家でも商家でも似たようなことが行われていたが、団十郎とか歌右衛門という名前は、それを名乗る人が何回入れ代わっても、一貫してある一定の価値を示している。ちょうど伊勢神宮が、何回建て直されてもつねに伊勢神宮であるのと同じである。(p38より)

時間と空間の抹殺

〈パノラマ的視覚〉の一語に勢いづいて、ヴォルフガング・シヴェルブシュの『鉄道旅行の歴史 〈新装版〉: 19世紀における空間と時間の工業化』を繙いた。

のっけからすごい表現だなぁと思ったのが、この「時間と空間の抹殺」という表現。そのくらい、当時の人々にとって鉄道のもたらした速度は脅威だったのだろう。

 時間と空間の抹殺、これが鉄道の働きを言い表す十九世期初期の共通表現(トポス)であった。この観念は、新しい交通手段が獲得した速度に由来している。所与の空間的隔たりを踏破するためには、伝統的にはある決まった旅行の時間または輸送の時間が必要であったが、この距離が、突然その時間の何分の一かで踏破されることとなり、これを裏返せば、同じ時間で昔の空間的な隔たりの何倍かが進められることになった。

鉄道旅行の歴史 〈新装版〉: 19世紀における空間と時間の工業化』(ヴォルフガング・シヴェルブシュ著 加藤二郎訳 法政大学出版局 1982) pp.49から抜粋

(前略)抹殺されたものとして体験されるのは、伝統的な空間及び時間の連続性である。この連続性は、自然と有機的に結びついていた昔の交通技術の特徴である。昔の交通技術は、旅をして通過する空間と模倣的関係にあったので、旅行者には、この空間を生き生きとした統一体として知覚させたのである。(後略)

鉄道が空間と時間とを抹殺するという考えは、交通技術が突然に全く新たな他の交通技術によって代替されたときに見出される、知覚のこのような現実喪失と理解することができよう。鉄道が作り出す時間・空間の関係は、技術以前の時代のその関係にくらべると、抽象的なものに見え、時間・空間感覚を阻害するものと写る。(後略)

同書 p53より抜粋

高速移動があたりまえの時代に生きる者としては、「抹殺」とまで言う衝撃は想像しにくいけれど(正直、大げさだなと思うし)、翻って考えると、鉄道以前の旅では、それだけ濃密な関係が、人と空間の間にあったということなのだろう。

このことで少し思いあたることがある。
写真を撮るようになってから、歩くことで、その土地への親近感が増すのに気がついた。ひと月に満たない滞在でも、歩いた土地には愛着が湧く。徒歩の次が自転車。逆に、バスで観光地を巡るパッケージツアーでは、そのような親近感は抱き難い。
「歩くと、土地との関係が近くなる」というのが、近年のわたしの発見で、鉄道の登場以前に馬車や徒歩で移動していた時代には、むしろその感覚のほうがデフォルトだったのかもしれない。

十九世期初期の人々に抹殺とまで言わしめた、鉄道の速度がもたらした「時間・空間感覚の阻害」は、朝夕通勤電車にゆられ、ときに新幹線で移動するわたしたちに、もはや何の違和感ももたらさない。テクノロジーによって、ひとびとの知覚のありようが変わるということは、今後もっと顕著に起こるだろう。
シンギュラリティーに戦々恐々としているわたしたちの有様は、22世紀からまなざせば、なんと大げさな、と、とらえられるのかもしれない。

動くものを見る

昔、教習所で「動くものに視線をとられるから、フロントガラスに揺れるものをぶら下げないように」と言われたことを思い出したのは、降雪の中で撮影をしていたとき。ピントをあわせるために被写体を凝視しても、雪のチラつきにずいぶん注意を奪われることに気がついた。

それから、人は動くものに、(本人たちが思っているよりもずっと強く)注意がそがれてしまうのではないか、と考えるようになった。逆に言えば、写真の「静止していること」がもたらす効果は、想像以上に大きいのではないか、と。

静止しているからこそ、つぶさに観察ができる。
誰もが知っている、ごくあたりまえのことだけれど、これは案外、重要なことではないだろうか。

先日、ふと手に取った本にいくつか視覚に関する興味深い記述を見つけた。

適切な条件下で、ある映像を左目に、別の映像を右目に同時に見せられると、その両方を何らかの重なり合った形で見ることはなく、一方の映像だけが知覚される。そして、しばらくするともう一方の映像が見え、その後再び最初の映像が見えるというように、二つの映像が際限なく切り替わる。

 しかしコッホのグループは、片方の目に変化する映像を、もう片方の目に静止した映像を見せられると、変化する映像のほうだけが見え、静止した映像はけっして見えないことを発見した。つまり、右目に、卓球をしている2匹のサルのビデオを、左目に100ドル札の写真を見せられると、左目はその写真のデータを記録して脳に伝えているにもかかわらず、本人はその写真に気づかない。

(『しらずしらず――あなたの9割を支配する「無意識」を科学する』レナード・ムロディナウ著 水谷淳訳 2013 ダイヤモンド社 p56より抜粋)

このあと、変化する映像が優先的に意識にのぼり、変化しない映像は無意識の領域で処理されるという話につながっていくが、無意識の話はさておき、変化する(動く)映像のほうしか意識にのぼらないというのはすごいな、と思う。

それほどまでに、視覚のなかで「動き」が優先して処理されるとは思っていなかったから、ただただ驚いた。

あたたかい言葉は時間を越えて、もう一度わたしの心をあたためる

年末なので溜まっていた手紙をすこし整理することにした。
が、そういうときに限って、読み耽ってしまうもの。

友人や親戚、家族から、あたたかい心遣いや言葉をたくさんかけてもらっていたことに、あらためて気がつく。そして、あたたかい言葉は時間を越えて、もう一度わたしの心をあたためる。

時間を経て読み返すと、そのときどきのわたしに寄り添い、励まし、勇気づけようと、慎重に言葉を選んでくれたことが、よくわかる。きっと渦中にいるときより今のほうが、その心くばりの濃やかさがよくわかる。

紙の香りや手ざわり、したためられた文字の勢い、やわらかさ。そういった「情報としての文字」ではないものを堪能しながら、メールもLINEもFacebookも便利だけれど、やっぱり気もちを伝えるのは手紙のほうがいいな、と思う。

ということで、取り出した手紙は全部箱にしまい、明日はバースデーカードを買いに出かけようと思う。

七夕の夜

七夕の夜、珍しく母に作品の話をした。

フレームの中に何を選びとり、そして、焦点によってどの奥行きを選んで際立たせるか。写真は徹底して「選ぶ」ことに依拠しているけれど、フレームとピントによる選択を無効化してもそれでも作品として成立するだろうか?ということを考え続けている。と。

母に話したのはそこまでだけれど、選択を無効化するということを目指しながらも、それでもやはり周到に避けている(選ばないでいる)ものがあることには薄々気がついていて、最近は、何を撮るかより何をフレームからはずしているか、に関心が向いている。

先日、IZU PHOTO MUSEUMでフィオナ・タンの《Accent》を観た。

戦後、検閲は廃止され、報道の自由が保障されるようになったが、アメリカは検閲を行い、日本人の愛国心をかきたてるおそれがあるとして、映画から富士山のシーンを削除した。そして、その検閲は日本国民には知らされず、富士山の削除自体がわたしたちの認識から削除されていた。

わたしが展示室に入ったのは、おおよそ、そのような内容のセリフが語られているシーンだった。(正確にセリフを覚えていない)

少し面食らった。

時間軸(タイムライン)から削除されたり、フレームからはずされたりしたものがある、ということに、ふつう人は気づけない。

さまざまな情報戦が繰り広げられるこの時世に、はずされたものについて考える重みをずっしりと感じた。

怪我の功名?

あろうことか、デジタルカメラを全滅させてしまい、久しぶりにアナログの35mmを持って出かける。しかもフルマニュアル機。これが思いのほか新鮮やった。

露出を測って、絞りとシャッタースピードを全部手であわせるので、スナップにしてはずいぶん手間がかかるけれど、手間がかかる分、何を撮りたくて、何を撮りたくないかのフィルタリングが厳しくなる。

デジタルのスナップだと刺激に応じて矢継ぎ早に撮っていたのが、アナログのフルマニュアル機だと、撮りたいと思ってから撮るまでに溜めができて、被写体との関わりが少し変容するように思う。浅い呼吸が、少し深くなるような感じかな。ちょっとスピードを落としてみるのも悪くないなと思う。

久しぶりにドキドキした。

写真を見るしかた、というのはいろいろあると思うのだけれど、
抽象的な意味だとか、画面からたちのぼるニュアンスの伝達、というのではなく、
ただただ映っている像を具体的に見る、ということ自体のおもしろさ。
というのがある、と私は信じていて、それを探りたいというのが、
川のシリーズをしつこくしつこく続けている理由だと思う。

対岸のバーが窓辺に並べているウイスキーのラベル、自転車のリム、洗濯物を取り入れるご婦人だとか。

そういう像をただただ具体的に詳細を見ることのおもしろさ。

その意味で、昨日見た定点観測の写真集はのっけから面白かった。
画面のあちこちで建物が壊されては建つという変化が起こっているから、細部から目が離せない。まったく油断ができない。

「定点観測というのは、なにかひとつの建物がつくりはじめてからできあがるまで、だけれど、自分の写真はそうではない。万物の流転。」
と作家が明確に意図を語っているように、ひとつの大きなストーリーに回収されてしまわない定点観測。

同じものを、異なる時間に何度も撮影する以上、そこには何らかのストーリーが生まれるが、画面中にそのストーリーが無数に畳み込まれている。

言いかえれば、画面内の無数のストーリーを等価にとらえる定点観測。

前後の写真の差異(時間変化)をトリガーとして、地と図の転倒が起こること。
それが、画面のそこここで起こっているから、
いったん写真集として完結しているものの、ここにさらに新しい写真が加わることで、今ある写真の読み方がかわる可能性にひらかれていること。

久しぶりにドキドキした。

映画的なるもの

ホックニーの本を読んでから、また少し絵巻のことが気になって、高畑勲さんの『十二世紀のアニメーション―国宝絵巻物に見る映画的・アニメ的なるもの』を取り寄せた。合点がいくところと、絵巻の技術の妙にうならせられるところがたくさん。

まずは、『信貴山縁起絵巻』で絵画としては奇妙な構図がなぜ採用されているのか?という箇所。

『信貴山縁起』の、鉢の外に導かれた倉は画面上端を大きくはみだして飛び、米俵の列は上端ぎりぎりに沿って遠ざかる(飛倉の巻)。また尼公は、空白に等しい霧の画面の下端を、見逃しそうな大きさで歩む(尼公の巻)。とくに尼公と米俵の列は、その場の主人公であるにもかかわらず、画面の隅に小さく押しやられているだけでなく、まるで紙の端でその一部が切断されたかのようだ。
これらの大胆な表現は、その箇所を抜き出してただの静止した「絵画」として鑑賞すれば、いかにも奇妙で不安定な構図に見えかねない。
しかし、絵巻を実際に繰り展げながら見進んでこれらの箇所に出会えば、なんの不自然さも感じないばかりか、この不安定な構図表現こそが、物語をありありと推進していく原動力となっていることに気づく。
なぜこのようなことが起こるのだろうか。
それは、ひとことで言えば、連続式絵巻が、アニメーション映画同様、絵画でありながら「絵画」ではなく、「映画」を先取りした「時間的視覚芸術」だからである。
映画では、人物が画面を出たり入ったりする(フレームアウト・フレームイン)。しばしば人や物を画面枠からはみださせ、背中から撮り、部分的に断ち切る。ときには空虚な空間を写しだす。映画では、たとえ画面の構図を安定させても、そのなかを出入りし動くモノ次第で、たちまちその安定は失われてしまう。
右に挙げた二例も、絵巻を「映画的なるもの」と考えれば、まず、モノ(尼公と米俵の列)抜きの構図があって、そこをモノが自由に行き来して構図の安定を破るのは当然なのである。
(『十二世紀のアニメーション―国宝絵巻物に見る映画的・アニメ的なるもの』高畑勲 徳間書店 1999 p51より抜粋)

ここで2点。

以前、展覧会を見られた方から、「一本のシネフィルムを見るようでした」という感想をいただいていたことを思い出した。
観者の意識を細部に誘うために「全体を一望できないかたちで展示して、見ているのが部分でしかないという認識を観者に持たせる」という目論みだったのが、制作者の意図を越えて、観者に「時間性」を感じさせた。展示をしてみてはじめて、時間性というキーワードがわたしの認識にのぼった。が、そもそも絵巻という形式それ自体が、時間性を持っているということを確認したのが一つ。

もうひとつは、絵巻から離れるけれど、ずっと以前に、動画を撮って再生と静止を繰り返して、被写体が見切れる構図は、写真の世界ではあまり見かけない構図やなぁと新鮮に感じ、実験を繰りかえしていたことを思い出した。(「見切れるフレーミング」)動画のコマを前後の脈絡から切り離して、一コマだけ抜き出して写真として見ようとすると、とても奇妙に見えるのだ。動画が要請する構図と、静止画が要請する構図は、まったく異なるものだということをここで再確認。この件は、もっと掘り下げる余地がある。
絵巻は、動画が要請する構図を採用しながらも静止している、というマージナルな存在であり、だからこそ絵巻の特徴をつぶさに観察することで、静止画(あるいは動画)の形式が暗黙のうちに要請し、わたしたちが盲目的に従っている文法のようなものを明らかにできるかもしれない、と思う。

連続、不連続

負ける建築』が存外おもしろかったのを思い出し、隈研吾の著作を読みはじめたのだけれど、造形と社会との連関の話だから、建築にとくに関心が強いわけではなくてもすごくおもしろい。

(前略)コンクリートは突然にかたまるのである。それまではドロドロとしていた不定形の液体であったものが、ある瞬間、突然に信じられないほどかたく、強い物質へと変身を遂げる。その瞬間から、もう後戻りがきかなくなる。コンクリートの時間というのは、そのような非連続的な時間である。木造建築の時間は、それとは対照的である。木造建築には、コンクリートの時間のような「特別なポイント」は存在しない。生活の変化に従って、あるいは部材の劣化に従って、少しずつ手直しし、少しずつ取りかえ、少しずつ変化していく。
 逆な見方をすれば、二〇世紀の人々は、コンクリートのような不連続な時間を求めたのである。

(『自然な建築』 隈研吾 岩波新書 2008 p8より抜粋)

最近、時間のことを考えていた。

決定的な完了時点があるから、グラフィックの仕事のほうが好き。
ウェブはどこまでいっても終りがないからつらい。
ずっとそう思っていたけれど、ここにきて、継続的に手をかけて育てていかなければならないウェブという媒体、「育てる」というのが、案外、性にあってるんじゃないか…と思いはじめていた。

そうか、ウェブの時間は連続なのだ。

写真にしても、1点ではなく、複数の関係性によって何が見えてくるか、ということのほうに関心があって、連続と不連続との境界あたりを、おもしろいと思っているのだ。

家事をしたい

忙しいと、家が荒れる。
どうもわたしはそれが苦手。

どっと忙しいさなかには、
この忙しさがおさまれば、まず「家事をしたい」と思っている。

家事だけの毎日、というのはとても耐えられそうにもないけれど、自分の身のまわりのことや家事に丁寧に手間をかける、というのは、とても贅沢なことだし、なにより気分がいい。

目のはしで、階段のほこりや、取り入れっぱなしの洗濯物が目についていながら、「いまは仕事に専念、制作に専念」と、対応を先送りすると、「家事をする時間がほしい」という気持ちは、ほとんど熱望に近くなる。

冬用のラグを片付けて、散乱していた本をまとめて書架に戻し、洋服箪笥の中を整理して、探していたパジャマとスラックスを鞄の下から発見。古い謡本を片付け、段ボールの空き箱を解体して、しばってまとめる。トイレを掃除して、床に掃除機をかけて、洗濯物にアイロンをかけてしまう。
2時間ほど掃除をしていたら、汗びっしょりになる。
やれやれ、だいぶ片付いた。
2時間で済むような掃除なら、いつでもできるじゃないかと言う人がいるかも知れない。
毎日3時間も4時間も酒飲んで、バカ映画みてごろごろしているんだから、その時間にやればいいじゃないか、と。
そういうものではないのだよ。
それは家事というものを本気でしたことのない人の言葉である。
家事というのは、明窓浄机に端座し、懸腕直筆、穂先を純白の紙に落とすときのような「明鏡止水」「安定打座」の心持ちにないとなかなかできないものなのである。
お昼から出かける用事がある、というような「ケツカッチン」状態では、仮に時間的余裕がそれまでに2、3時間あっても、「家事の心」に入り込むことができないのである。
というのは家事というのは「無限」だからである。
絶えず増大してゆくエントロピーに向かって、非力な抵抗を試み、わずかばかりの空隙に一時的な「秩序」を生成する(それも、一定時間が経過すれば必ず崩れる)のが家事である。
どれほど掃除しても床にはすぐに埃がたまり、ガラスは曇り、お茶碗には茶渋が付き、排水溝には髪の毛がこびりつき、新聞紙は積み重なり、汚れ物は増え続ける。
家事労働というのは「シシュフォスの神話」みたいなものなのである。
(内田樹のブログより抜粋)

内田樹さんの書いた、

お昼から出かける用事がある、というような「ケツカッチン」状態では、仮に時間的余裕がそれまでに2、3時間あっても、「家事の心」に入り込むことができないのである。

というのは、家事に対してというよりむしろ、制作に対して感じている。

単純に作業時間と成果が連動する世界ではないから、2時間を実りあるものにするためには、実際はその倍以上の時間的余裕と、心理的余裕が必要だと思う。

いかがでしょう。

のんびりですが、なにか?

ちまたには、時間を管理する本がたくさん出まわっているけれど、わたしは、細かく時間をきざんで、管理するのも、また、されるのも、きらいだ。

この気質は、学者の家庭に育ったことに因るものかもしれない。

ひとつのことを数十年と考え続ける人間が家族にあって、また、そうすることでしかたどりつけない境地があるということを、間近で見知っている。

締め切り間際に発揮される集中力もあれば、時間から解放されたのびやかな状態でしか発揮されない集中力もある。

わたしはもっぱら後者のほうで、ならその種の集中力を活かして仕事をする方法を考えなければならない。わたしが、わたしのなかに持っている時計は、とてもゆるやかな時を刻む時計で、のんびりしてるんだと思う。

それはこの時代にはそぐわないけれど、そぐわないなりに生きて、
そして死ぬまでの時間をかけて、
もう少し濃やかにこの世界の手触りを確かめたい、と思う。

時間を分断しない

京大周辺の古本屋をつたっているうちに、
思い立って、久しぶりにガケ書房に立ち寄る。

当初の目的は九鬼周造の著書を探すことだったのに。

ひきこもれ
いささか乱暴なタイトルだな、と思いながら手に取ったのは、吉本隆明の著書。
このひとの本、何度も読もうとして、挫折してる…と、少し躊躇もあったのだけれど。

いざ開いてみると、ずいぶんやさしい文章で綴られている。
たぶん、不登校やひきこもりまっただなかの若者に向けて書かれたものなのだろう。

ほとんど家にこもり机に向かって仕事をする父親を見て育ったから、
下に抜粋するひきこもりについての記述は、わたしにとっては自明のことなんだけど。

世の中の職業の大部分は、ひきこもって仕事をするものや、一度はひきこもって技術や知識を身につけないと一人前になれない種類のものです。

(『ひきこもれ―ひとりの時間をもつということ (だいわ文庫)』吉本隆明 だいわ文庫 2002から抜粋)

そこから、話は「子どもの時間を分断しないようにする」と展開する。

「分断されない、ひとまとまりの時間」をもつことが、どんな職業にもかならず必要なのだとぼくは思います。

という視点から、親の立場として書かれている文章を抜き出してみると…

(中略)くだらない用事や何かを言いつけて子どもの時間をこま切れにすることだけはやるまいと思っていました。
 勉強している間は邪魔してはいけない、というのではない。遊んでいても、ただボーッとしているのであっても、まとまった時間を子どもにもたせることは大事なのです。一人でこもって過ごす時間こそが「価値」を生むからです。
 ぼくは子どもの頃、親に用事を言いつけられると、たいてい「おれ、知らないよ」と言って逃げていました。そうして表に遊びに行って、夕方まで帰らない。悪ガキでしたから、その手に限ると思っていました。
 そうするとどうなるかというと、親はぼくの姉にその用事を言いつける。姉はいつも文句も言わずに従っていました。
 いま思っても、あれはよくなかったなあと反省します。つもり、女の子のほうが親は用事を言いつけやすい。姉本人もそういうものだと思って、あまり疑問をもたずに用足しに行ったりするわけです。
 そういったことを当時のぼくはよくわかっていた。そして、うまく逃げながらも「自分が親になったら、これはちょっとやりたくないな」と思っていたのです。
 ぼくの子どもは二人とも女の子です。女の子が育っていく時に一番大きいハンデは「時間を分断されやすい」、つまり「まとまった時間をもちにくい」ということなのではないかと思うのです。それ以外のことは、女の子でもやれば何とかなる気がするのですが、これだけは絶対に不利です。

この文章を読んでやっと、幼いころ抱えていた怒りの正体がわかった気がした。わたしは用事を言いつけられると、「いや」と言ってまっこうから母親と喧嘩して育ったほう。ずっと手伝いが嫌いなのかと思っていたけれど、いま思えば、それは手伝いがしたくないのではなくて、集中して何かをやっている最中に腰を折られることに腹を立てていたのだと思う。そういう意味では、母はとてもどんくさく、わざといやがらせをしているのか、相当無神経なのか、ことごとく言いつけるタイミングをはずし、なんでいまやっていることが終るまで待ってから声をかけてくれないのだろう?と、毎日怒っていた。

そのせいで、わたしは自分が家事が好きであるということに、ながいあいだ気づかずにいた。

いまさら、親のことをとやかく言うつもりはないけれど、自分がされていやだったことは、自分の子どもには絶対にしないでおこう、と思う。もし子どもを持つことがあれば。

そして、いま自分のこととしては、制作のための時間をまとめて持てるように、もう少し工夫しよう。ここのところ、人から頼まれた用事にふりまわされすぎている。

残された時間

ひこうき雲が徐々にただれ、流されながらとけていく。

そういうゆったりとした時間は、もう明日には失われるんじゃないかという不安に突然襲われることがある。時間とのかかわり方の最終的な決定権は自分の手中にあるはずなのに。

しかし母は言う。
「わたしたち、年寄りが急くのはね、死ぬまでの残された時間を意識するからなのよ。あなたたち若い人は、まだいくらでも時間があると思ってる。」

親の世代がせわしないのは、ひとえに高度成長期を生き抜いてきた人々に特有の「ハヤさ」なんだと思っていたし、だからこそ、他人ごとで済ませていた。何かにつけ、両親からせかされ、うんざりしてきたというのもあると思う。

そう言われるまで、「残された時間」なんてことに思い及びもしなかった。
自分とは違う人生の季節を生きる親の目にうつるのは、自分とは違う景色なんだと思い知る。

もう少し寄り添って耳を傾けてみようかな。

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