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たとえそれがどんなに些細なことであったとしても

友人のすすめで3年前にはじめたアシュタンガ・ヨガ。特に、時差が大きかったり極寒の地に赴いたとき、心身を整えるのに効果覿面で、ふだんも、ゆるゆると練習を続けている。

あるとき、たまたま手に取った本が、ジョン・カバット・ジンの『マインドフルネスストレス低減法』で、それをきっかけに、ヨガの練習後に、少しだけ呼吸に意識を向ける時間をもつようになった。

それから1年半くらい経つだろうか。

日常生活で、自分があたりまえと思っていたことが「もしかしたら、そうじゃないかも?」とか「そうじゃない考え方もあるよね?」と気づくことがふえたように思う。

たとえば、難しいヨガのポーズに対して、それまでは、できるようになりたい、の一点張りだったけれど、その朝は、「昨日と筋肉の張りや、伸ばしたときの気もち良さが違うな」ということが妙にリアルに感じられたので、「じゃあ今日は、できるできないじゃなく、からだがどう感じているかをじっくり味わってみよう」と意識の向け方を変えてみた。というようなこと。

できるできないのこだわりから離れたせいか、呼吸がそれまでよりやわらかくゆったりとしたものに変わって、そこでもう一度発見があったり。

似たようなことが、日常生活の中でも、ふえつつある。
それは必ずしもいいことばかりではなく、今まで気づかなかった微細な感情の揺れに気づくような場面もある。「あれ?こんな些細なことで、もしかしてわたし傷ついてる?」といったように。

それでも、ふとしたきっかけで、今までとは違った考え方や感じ方にひらかれ、それまで当然としていた前提を相対化できるのは面白い。たとえそれがどんなに些細なことであったとしても。

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