そもそも、話すのがうまくない。
いつも言いたいことを言えない、言い足りないもどかしさがあって、書くことでやっと出し切る。

そのための道具としてブログを書きはじめ、しだいに生活の中での気づきや、読んだ本の印象深いフレーズをメモ書きのように残すことが増えてゆき…

それでも、書きはじめた頃から、ひとりの人間が作品をつくりながら何を考えどう生きたか、制作のさなかに考えたことをその都度綴っておけば、登山で言うところの踏み跡のようなものとして、あとからこの道を進む誰かの役に立つかもしれないとは思っていた。(そして実際に「読んでます」という若い作家の方が現れてびっくりした)

近年アクセスが安定しつつあるのに加え、自分自身を振り返るのにも役立つようになり、アーカイブとしての側面を少しずつ意識するようになっていった。

さらに今は、写真作品だけでなくこれらドキュメントも含めた営為を制作物としてとらえ直し、作品とドキュメントのつながりをもっと明確にしたいという欲も出てきた。

多くの作家にとってWEBは広報媒体のひとつかもしれないけれど、わたしはここを拠点とする。そう決めたので、これから少し時間をかけて手を入れていこうと思う。

もうひとつ。
20年近くひとつのプロジェクトに携わり、時間とともに作品に対する意味づけが自分の中で変遷するという経験をした。さらに20年続けたら、20年後のわたしは今とはまったく違う意味づけをするかもしれない。くわえて、人間は思っているよりずっとあやふやで一貫性に欠けているのではないか?という疑いもある。少なくとも自分のことは誰より自分がいちばんよく見えて〝いない〟。

つまり…定型フォーマットに則った「このコンセプトでこの作品をつくった」という作者の語りからこぼれ落ちるものが、わたしの意図を超えてここに残るかもしれないと期待している。