BLOG

feeling relieved.

Everyday I walk through the front of the station “Чёрная Речка(Chernaya Rechka)” and I see this strange animal. When I see it on the way back home, somehow I feel relieved.

Play

The first time I saw something like face on the surface of a tree, I thought it was by chance. As I often saw these faces here and there, I was sure a kind of play in snow.

play in snow LISA SOMEDA

The base is colored.

play in snow LISA SOMEDA

The favorite one is below. Children treat this mysterious animal when its legs or tail suffer.

play in snow LISA SOMEDA

Kronstadt

kronstadt LISA SOMEDA

Kronstadt is a small town in Kotlin Island on Gulf of Finland. So it was a fortress, it has been filled with moat.
The residence of NCCA is located on there. It takes about one and half hour to go to center of St.Petersburg by Marshrutka(k-405) and subway.

By the way, color of the light was really like this photograph. It was the first time for me to see such a blue world.

Snow

Even though temperature had dropped at -25℃ in January, it was around 3℃ and I could see almost no snow when I arrived at St.Petersburg.

It was 5 days after my arriving when snow falled.

snowfall LISA SOMEDA

petit RENEWAL

I have just maintained my site.
For 5 years after previouse renewal, the ratio of mobile phone access has increased up to 50%.

Considering new devices such as phones and tablets, the information structure and UI must be changed.

流星の夜

もう一度会いたい
とか、
またみんなと一緒に制作したい
とか、
彼女の病気が早くよくなりますように
とか。

かわるがわる星が流れるたび思いつく願いごとは、
思いがけず、ひとにまつわることばかり。

流星の夜は、
どんなにか、自分がひとの間でしか生きられないことを思い知る夜でもあって。

大避神社の船祭り

和船

中沢新一さんの『精霊の王』を読んで以来、猿楽の祖である秦河勝をまつっている大避神社(兵庫県赤穂市坂越)に行ってみたいなぁと思っていたところ、10月の第2日曜日に船祭りを開催するらしいので、その祭りにあわせて出かけることにした。

猿楽の祖をまつっているといっても、大避神社の境内には、舞台のようなものはなく、境内じたいはシンプル。境内から坂越の浜と、神域とされる生島が見渡せる。

船祭りは、祭神である秦河勝が漂着した生島のお旅所へ神輿をお供する神事で、本祭の日は朝から船飾りがすすめられ、昼に神輿に大神さまの分霊をうつして、獅子舞を奉納し、船歌を唄い、頭人が拝礼をする一連の神事が執り行われる。それが終ると、一行は鼻高(猿田彦命)が先頭に、神社から浜のほうへ行列が繰り出す。

獅子舞

浜に神輿が着くと、神輿を船に載せるための板(バタ板)かけの練りがおこなわれ、無事神輿が乗船すると、漕船二隻が獅子船、頭人船、楽船、神輿、歌船を曳航して浦をぐるっと一周し、生島のお旅所へと向かう。

坂越の船祭

見どころは、和船の造作と、この祭礼船が、獅子を舞い、雅楽を奏で、船歌を歌いながら巡航する様子。この日は少し雲が厚かったので、色が少し沈んで見えたけれど、晴れた日なら、もっと綺麗に見えたのかもしれない。

曳航

日が暮れ、浜でかがり火がたかれるなか、生島での神事を終えた船が戻って来るのも、素敵な光景だった。

今年、国の重要無形文化財の指定を受けたが、それでも、少子化で漕手が少ないため、祭りのために坂越の出身者が東京や北海道をはじめ、全国各地から戻ってきて祭りに参加しているとのこと。大人も子どもも総出で、坂越の人々が大切に守ってきた祭りであることがよくわかるお祭りだった。

300年以上の歴史を持つ祭りだけれど、秦河勝が没したのが647年で、船祭りは江戸時代初期にはじまったと言われるから、その間に千年ほど経っている。なぜそのタイミングで祭りがはじまったのか、が気になるところ。

シデ振り

祭りと坂越の主要な産業である廻船業との間には深いつながりがあると、配られた資料に書かれていた。ちょうど今、読み始めている海民について書かれた網野善彦さんの本に、廻船業と芸能との関係について書かれていた箇所があったので、何かつながってきたらおもしろいなぁと思う。

最近は、中沢-網野両氏(この方々は甥と伯父の関係なのですね…)の著書の影響で、この国の歴史のなかで、芸能がどういう役割を果たして来たのか、とか、芸能民と呼ばれるひとびとがどういう人たちだったのか、ということにふつふつふつと興味が湧いている。

ひとのありよう

なかば強引にハルさんを食事に誘い出す。

こんな紅葉まっさかりの季節に生まれてきたのに、
なんで寒色ばっかり好きなんやろ?

と尋ねたら、ハルさんは、
それでも、この季節は、玄関にいっぱい紅葉を敷き詰めてる。と言う。
あの落ち葉をふむカサカサという音が家の中で聞こえるのは、ちょっと楽しそう。


おかんの話。

何年か前の同窓会で、幹事をしていたノブちゃんが、
幹事の打ち上げの席で、感極まって泣きそうになったんやけど、
おてんばで名のとおったノブちゃんを人前で泣かしてはいけない、と思って、
かわりにわたしが泣いてん…という。

かわりにわたしが泣く???
(まぁ、他人に先に泣かれたら泣けなくなるものね…)
おかんって、そんなんやったっけ?
ほんまなら、ちょっといいやつやん…。

おかんで30余年、ハルさんは10年くらいのつきあいだけれど、
まだまだ知らないことがいっぱいあるんやなぁ、と思う。

ひとのありようにこころが触れる、ということは、
このところめっきり減っていたのだけれど、
これは、たてつづけにふたつ、ほんのりこころがあたたまった。

抜かなかった。

9月下旬、歯痛が激しくなって歯医者に行った。

まえに一度、歯医者ではいやな思いをしていたので、
少し慎重に選んだ町の歯医者さん。

同い年くらいの若い歯科医は、
状況を丁寧に聞き取りレントゲンをとる。

目立った原因が見当たらない。

初診で彼はそう言った。
そうして、とんぷくを処方され、しばらく様子を見ることに。

激しい歯痛のせいで肩や首のあたりがずっと力んでいて、
ついには頭痛まで併発していたので、
早く、早く、痛みをとりのぞいてもらいたかった。

でも、その歯科医は、慎重に時間をかけて様子を見る。
とんぷくで、多少、痛みは軽減されているものの、
集中力を欠いて仕事に身が入らない状態だった。

10日ほどかけて様子を見ているうちに、少しずつ原因が明らかになっていった。
すでに神経をとって銀をかぶせてある歯の根っこのほうにヒビが入っていて、
そこが化膿しているとのこと。

状況によっては、抜かないといけないけれど、
その前後の歯も綺麗だし、できるだけ残す方向で処置していきましょう。と。

2年前、同じように激痛に襲われて駆け込んだ歯科医院では、
原因も特定できないまま、あてもののように、つぎつぎと3本、神経を抜かれた。
「これだけ抜いてまだ痛いようなら、あなたは化け物ですよ」
そう言われて帰ったあと、まだ痛みが続いていたから、慌てて歯医者をかえた。

そのときの処置のことを、いまお世話になっている歯医者さんに話したら、
「神経をつぎつぎと抜くなんて、そんな処置は絶対にしたらいけない」と、
苦々しい顔でつぶやかれた。

2年前は、
次々と神経を抜いた歯に保険適用外のかぶせものを勧めてきた時点で、
その歯医者がヤバいことが決定的になったのだけれど、
同業者の意見を聞いて、やっぱりダメだったんだと納得する。

でも…と思う。

わたし自身、医者に行けばいとも簡単に、痛みをとってもらえる、
と思っていなかっただろうか?

正直なところ、今回の通院では、原因がはっきりわかるまでのあいだ、
なんで痛がってるのに、積極的に痛みをとる処置をしてくれないんだ?と
相当恨めしく思っていた。

自分の身体の不都合を、簡便に解消してもらえる。
そう期待したのは、ほかならぬわたし自身ではなかったろうか?

2年前に不適切な処置をした歯医者をずっと非難がましく思ってきたけれど、
慎重な処置よりも「いますぐ痛みをとってほしい」と、
まるでファストフード店やコンビニに期待するのと同種の期待をしたのは、
ほかならぬわたし自身ではなかったろうか?

今回、抜かない歯医者さんにめぐりあって、そう気づいた。

「一週間で3kgダウン」というような謳い文句のダイエットも然り。

コンビニエントに、自分の身体をどうにかできる、どうにかなる、
なんて、考えてはいけなかったんだ。

ただの道具ではない。

ようやくDICのカラーガイドを入手する。

いや、お金を払えば誰でも簡単に買えるものだし、入手しようと思えばいつでもできた。
仕事の内容的に、そろそろ入手してもいいのではないか、と、
ようやく思えたというほうが正確かもしれない。

思えば12年前からずっと欲しかったのだ。
もっと言えば、ポスターのデザインがしたいというのが12年前の夢で、わたしにとって、色指定のためにひっつけるカラーチップは、その仕事を象徴するとても素敵でキラキラしたものだった。だから、DICのカラーガイドは、わたしにとって、ただの道具ではない。デザインに携わるという夢そのものなんだと思う。とても遠いところからデザインの世界に憧れていたあの頃のキラキラした気持ちが、この小さいチップにぎゅぅっと詰まっている。

近づいてみたら、その世界は決してキラキラしているだけではなかったし、むしろ実際は泥臭くて地味な作業の積み重ねなのだけれど、それでも憧れてるだけではわからなかったものづくりの醍醐味に触れられて、結果オーライ。憧れと現実は違ったけれど、それでもやっぱり好きでいられたし、こっちの世界に来て良かったと思う。

ずっしり重いカラーガイドをめくりながら、
あの頃見上げていた山の、裾野くらいには辿り着いたのかなぁ…なんて。

さて、このカラーガイド。
最初は「こんなにたくさん!」と感激したのだけれど、
いざ、作業に入ると欲しい色にばっちり同じ発色のインクなんて見つからない。
欲しいのは、このチップとこのチップの間くらいの色…というように、のっけから難儀する。

写真でも色でいちばん苦労するけれど、ほんとうに色って難しい。

特色どうしを重ねたらどんな色になるのか、とか、
いろいろ知りたいこと、見てみたいことがたくさん。
そこらへん、まずは実験かなぁ。

やってみんとわからんことだらけやけど、だからこそ、
ものをつくるのは楽しいんやと思う。

托鉢僧と、郵便切手

散歩ついでに、三月書房に足を運ぶ。
遠くに聞こえていた声明がだんだんと大きくなってきて、
寺町二条界隈に托鉢修行のお坊さん数名の声が響きわたる。

少し外に気を向けながら、本を物色していると、
「ほら手分けして、こっちにも来て」と、
リーダー格のお坊さんが指示を出している声が聞こえる。

え…手分け…托鉢修行は分業制やったんか。

妙に現実的で合理的な「指示」がビジネスライクに聞こえてしまって、
なんだか、ありがたみが目減りした感じ。

店を出て、寺町を下がる。

秘仏公開のポスターを見て、
わたしも、作品展示を50年に1度のご開帳にすれば、
どんなスローペースでも仕上げられるやろうし、ありがたみ(!)も増すよなぁ…と、
罰当たりなことをぼんやり考えながら、てくてく、てくてく。

その翌日、ともだちに送る荷物を準備していたときのこと。

いくつか素敵な切手があったのだけれど、
あちこちにペタペタ切手を貼ると、郵便屋さんに迷惑やろうから、
紅葉の切手だけ貼って、あとは現金払いにしようと思って、
1枚だけ切手を貼った荷物を近所の郵便局に持ち込んだ。
荷物を手にした窓口のお姉さんが、うーん、と唸りながら電卓をたたく。

?

「せっかく綺麗な切手はってはるからね。」

そうおっしゃって、チラリとかわいい切手を見せてくださる。
どうも、手もとにある切手のなかから風情のあるものを何枚かつけたそうと思案してくださっていたみたい。何円の切手を何枚はって残りは…という計算をしてはったみたいで、最終的に、京都のお祭りのかわいらしい切手を何枚か貼りたして、あとは普通の切手を二枚ほどはって料金調整というところに落ち着く。どうもありがとう。

結局、当初わたしが遠慮した「あちこちにペタペタ切手をはった荷物」ができあがってしまったのだけれど、それがほかならぬ郵便局員さんの仕業なのが可笑しかった。

ここ三日ほどのできごと。

はじめての麦わら帽子

幼なじみから本が届く。タイトルは『はじめての麦わら帽子』

本をいただく、というのはとても嬉しい。作業の手をとめて少し読んでみる。
しばらくして、思い直して、表紙カバーを脱がす。ふふふ。

表紙カバーの絵がらの淡いオレンジと花ぎれの色、
同じく表紙カバーの水色と本体表紙、栞もおそろい。淡く補色にちかい色づかいが綺麗な本です。

まだ読みはじめたところだけれど、娘さんのこと、だんなさんのこと、そして強烈に個性的なおかんのこと、おとんのこと、日々の生活のことが丁寧であたたかなまなざしでとらえられている。彼女の文章を読んでいると日だまりでぬくぬくしているような気持ちになる。

出産の際に病院をかわったことは聞いていたけれど、こんな大変で、身を切るような思いをしていたとは…。大変だったことでもひょうひょうと話すから、つい安心してきいていた。ごめんよ…。

いつもわたしのほうが励まされてばっかりだったけれど、いっぱい大変だったんだ。

活字をつたって、もう一度、ともだちと出会い直すかな。

なかなか出てきません。

先日、内田樹さんのブログに、「こびとさんをたいせつに」というタイトルの文章があって、ちょっとおもしろかった。

私たちが寝入っている夜中に「こびとさん」が「じゃがいもの皮むき」をしてご飯の支度をしてくれているように、「二重底」の裏側のこちらからは見えないところで、「何か」がこつこつと「下ごしらえ」の仕事をしているのである。

そういう「こびとさん」的なものが「いる」と思っている人と思っていない人がいる。

「こびとさん」がいて、いつもこつこつ働いてくれているおかげで自分の心身が今日も順調に活動しているのだと思っている人は、「どうやったら『こびとさん』は明日も機嫌良く仕事をしてくれるだろう」と考える。

暴飲暴食を控え、夜はぐっすり眠り、適度の運動をして・・・くらいのことはとりあえずしてみる。

それが有効かどうかわからないけれど、身体的リソースを「私」が使い切ってしまうと、「こびとさん」のシェアが減るかもしれないというふうには考える。

「こびとさん」なんかいなくて、自分の労働はまるごと自分の努力の成果であり、それゆえ、自分の労働がうみだした利益を私はすべて占有する権利があると思っている人はそんなことを考えない。

けれども、自分の労働を無言でサポートしてくれているものに対する感謝の気持ちを忘れて、活動がもたらすものをすべて占有的に享受し、費消していると、そのうちサポートはなくなる。

「こびとさん」が餓死してしまったのである。

知的な人が陥る「スランプ」の多くは「こびとさんの死」のことである。

「こびとさん」へのフィードを忘れたことで、「自分の手持ちのものしか手元にない」状態に置き去りにされることがスランプである。

スランプというのは「自分にできることができなくなる」わけではない。

「自分にできること」はいつだってできる。

そうではなくて「自分にできるはずがないのにもかかわらず、できていたこと」ができなくなるのが「スランプ」なのである。

それはそれまで「こびとさん」がしていてくれた仕事だったのである。

最初の大学のころは、卒業研究のCのプログラムをさくさく組んでくれるこびとさんがいた。二度目の大学では、課題の提出間際になって焦るわたしに、横からそぅっと手を貸してくれる少し大きなこびとさんがいた。それは、どちらも目に見えるこびとさんで、そのうえ、こびとさんがこびとさんを呼び、複数で作業にあたってくれたりして、とてもお世話になったことを今でもときおり思い出す。

自分で仕事をするようになると、そういう目に見えるこびとさんはもういなくて、自分のなかのこびとさんにお願いしなくてはならない。が、わたしのこびとさんは、相当引っ込み思案なのか、のんびりなのか、なかなか出てきません。最後になって出て来てくれるときもあるし、恐ろしいことに、出て来ないまま締め切りを迎えてしまうこともある。

わたしはまだ、こびとさんを確実に呼び出す術を知らない。
でも、追い込まれなければ絶対に出て来ない。
こびとさんが出てくるまでの作業は、無駄になるとわかっていても、
手を動かしはじめることなしには、こびとさんは出て来ない。

10日以上延々プレッシャーをかけて、
わたしのこびとさんは、今日になってやっと顔をのぞかせた。遅いよ…

ぎりぎりになって出てくるのはやめてほしいけど、どうしたらいいんだろう。

台風のそなえ

台風が来るから、と、母屋の奥さんが声をかけてくださる。
台風対策なんてしたことがなかったら、
「なにしたら良いんでしょうかね?」と尋ねたら、
母屋は網戸をはずして、2階のベランダの植木鉢は部屋に入れた、とのこと。

そっか。

早速、部屋にブルーシートをひき、ベランダの鉢植えを部屋に運ぶ。

「寂しいとグリーンって増えるんだよね。」
と、何気なく言ったことがあるけれど、知らないあいだに鉢は15個に増えていた。
どうりでベランダが手狭なわけだ。
全部運び入れたら、部屋の一角がさながらジャングルのよう。
網戸をはずして、風で飛びそうなものは、ひととおり部屋の中に入れてしまう。

話しが終るころ、部屋中に散乱しているインクの染みのついた紙を見て、
母屋の奥さんが怪訝な顔。

「それなに?」

「あ、デザインに使おうと思って…。」

インクのしずく跡のイメージが必要で、ソフトをこねくりまわすよりも、実際のインクでつくったほうがリアルだろう、と思って、プリンタの替えインクを、紙にポツリポツリやっていたら、「バランスの良いしずく跡がほしいなぁ」が「もっと威勢の良いのが欲しい!」と、だんだん盛り上がって、ついには椅子に乗って高所から滴下。そうやって、インクを滴下しまくった紙を乾かしていたところに、母屋の奥さんはやってきた。そりゃ気持ち悪かったろうと思う。

なんでもかんでもPCで済ませようとすると、こじんまりしたものができあがってしまう、というのが最近の反省点。でも手でモノをいじると、必要以上に盛り上がってしまう。

どうもありがとう。

シルバーウィークの帰省にあわせ、実家にて前倒しでお誕生日会。
その数日後、両親が京都に来た折りに、あらためてランチでお祝い。
その翌日、エッちゃんとオヨシから少し気の早いハガキが届く。

深夜、妹にはじまり、朝にはエッちゃんとクニちゃん、そして母からお祝いのメールが。
午後はイマムラさんに映画に連れ出してもらい、楽しい時間と素敵なプレゼントをいただく。
帰ったら、ポストにはサワイちゃん一家からの家族総出の寄せ書きハガキが。
そして、東京のケイコさんから届いたお菓子とカードは母屋の奥さんが預かってくれていた。

34度目の誕生日をこんなにもたくさん祝ってもらって、
これ以上いったい何を望もう。

居場所のない思いをすること、
ふと、いなくなってしまいたくなることが、決して少なくはなかったけれど、
たくさんのあたたかい想いが、この世界にしっかりわたしをゆわえつけてくれている。

どうも、どうもありがとう。

今年は蛍を見なかった。

いざとなるとやっぱり、作業は夜にずれこむ。

26時、中京の郵便局に出かけた戻り、
この時期にしては星がたくさん見られたので、まわりみちをする。

輪郭はまだたよりないけれど、こまかい星までたくさん見える。
寒くなったら、もっとくっきり見えるんだろうな。

今年は蛍を見なかった。
夏の暑さもほどほどだった。

だからだろうか。
暮れに向かっている、という実感がまだ湧かない。

この数年は、季節のうつろいにすら、ひりひりしていたのに。

もうひとりのリサちゃん

アルバム、と言えば、リサちゃんを思い出す。
Bobbin Robbinのお客さんで、もうひとりリサちゃんがいて、
(向こうから見たら、わたしのほうがもうひとりのリサちゃんなんだけど…)
そのリサちゃんは写真家で、そのときちょうどギャラリーで個展を開いていた。

結婚式の写真をハンドメイドのアルバムにまとめたものを展示していたと記憶しているけれど、愛嬌のあるアルバムとは裏腹に、写真が鋭かったのが印象に残っている。
鋭く、それでいて、凛としたうつくしさの備わっている写真だった。
わたしがもし間違って結婚式をあげることにでもなったら、
迷うことなく彼女に撮影を頼むだろう。

自分もまた、撮った写真をアルバムに仕立てる依頼を受けたので、
ふと、彼女のことを思い出してしまった。

もうひとりのリサちゃんは、今ごろどうしているんだろう。

明日のために

Linnetノムラテーラーをはしごして、明日の作業のための準備をする。

製本ための準備

ノムラテーラーで草のようなおもしろい紐を見つける。
これ、栞になるのかな?

ソツなく上品に仕上げるつもりが、ちょっと遊びたくなってしまったのは、
しかけのあるブックデザインという本を見てしまったからだと思う。
あと、直前まで見ていた山名文夫さんの作品集からも影響を受けたかもしれない。

布や糸を使うから、どうしても手芸に材料を求めてしまうけれど、
手芸材料は気をつけないと、甘ったるい感じに仕上がってしまう。

持ち主がもう少し成長したときに気恥ずかしい思いをしないように、
かわいいけれど「甘ったるく」はならないようなさじ加減でゆきたい。

どうか、うまくいきますように。

ことばはいつも後から

なんだかいやな感じ、だとか、なじめない感じ、だとか、
そういう齟齬としてとらえられた感覚が、
ずいぶんあとになって、他人や自分のことばに輪郭づけられることが多い。

ことばはいつも後から追いついてくる。

最近やっとそういうことがわかりかけてきた。

ことばで輪郭づけられるまでの、居心地の悪さのようなものは、
勘違い、くらいのことばで簡単に片付けられるものかもしれない。

でも、ことばにならなくても、そういうもやっとした感覚は、
もやっとしたまま大事にとっておいたほうがいいのだ。

0.01とか0.00023くらいの、
ともすれば、端数や誤差として削られて0にされちゃうくらいの微細なズレの感覚は、
ことばに出会って増幅され、確たる差異として認識されうるものかもしれないし、
簡単に切り捨ててしまってはならない。そういうことを考えた。

なんとなく気持ちがわるい、とか、
なんとなく居心地がわるい、とか、
なんとなくなじめない、とか、
そういう気分にはならないにこしたことはないけれど、
そういのをなかったことにし続けると、
知らないあいだに大きくなにかを損ねてしまう、気がする。

感じていることに気づかないふりをする、なんてことは、
絶対にしないほうがいい。

身体で感じることをあなどってはならないし、
ほかでもない自分が感じるところを、もっと信用してやろうよ、と、
なぜかそう、強く思った。

斜め上から見る

今週末に控えている製本の日のために、こまかい材料を揃えはじめる。

淡いグリーンと白を基調にした仕上がりを想定しているので、美篶堂で、グリーン系の栞を、画箋堂で見返し用の紙を入手する。

(年頭にうかがったllenoのスギモトさんところのノートづくりではじめて「ミスズドウ(美篶堂)」という名前を知り、わたしの机上にある4年前にいただいたメモ立てが美篶堂の製品であることが発覚。それから半年するかしないかのうちに美篶堂の出している本づくりの本を読むことになり、ついに、実際に美篶堂の店舗に足を運ぶまでに至る…)

さて、製本は、まったくはじめてのことで、わからないことばかりだから、とりあえず、世の中の本を見てみようと思って、書店へ向かう。

書棚の本を、斜め上から見る。

花ぎれと栞の色がどんな風になっているか。
気になる本は、本を開いて、見返しの色をチェック。
もっと気になる本は、ちょっと失礼、表紙カバーを脱がしてみる。

ふだん本の表紙カバーを剥ぐことなんてほとんどなかったけれど、
剥いでみると、一見地味な本でも、表紙にエンボス加工が施されていたりして、
見えないところに趣向が凝らしてあることに驚かされる。

見返しにクラフト紙が使ってあるものとか、あとは、帯と見返しの色がそろえてあるのも、少し意外でおもしろかった。小口が染めてある本は想像以上にカッコよかった。

こんな風に本を見るのははじめてだったので、なんだか新鮮。

そして、小口と天地を染める、というプランが現実味を帯びてくる。

さっそく、作業場に戻って実験。
小口と天地に色をつけるために、スタンプ台を使うという手段があると聞いたので、シルバーのスタンプでテストをする。サンプルにペタペタしてみたが、これは失敗。色ムラが出るのと、乾かしたあとでも銀粉が手についてしまう。コツがあるのかな。

ネットで検索をしていると、パステル+フィクサチーフで小口を染めてあるのを見つける。どうやってやるんだろう…

と思っていたら、工作箱からマーブリングのセットが。わが家にはちゃんとミョウバンもある。すでに印刷済みの本文に加工するのだから、失敗は許されないけれど、小口のマーブル染めは、トライしてみたいところ。

あと、花ぎれも用意せねば。
水引なんかに布を巻きつけたら自作できるよ、とサワイちゃんが言ってたので、花ぎれはできれば自作でゆきたい。本文の厚みが1.2cmほど。せいぜい1.5cmの幅にどういうアプローチができるんだろうか。

いよいよ工作ウィークがはじまる。

本づくりのブームを、他人事のように思っていたけれど、いざ手を動かしはじめると、多くのひとが本づくりに魅かれる理由がわかる気がする。

リズム

作品とはまた別で、まとまった量の写真を編集する機会をいただいた。

複数の写真が配置されることによってうみだされるリズム、とか、仮構される、時間性、空間性。作業をしているうちに、だんだんそういうことが気になってきた。

実際にはまったく脈絡のない写真でも、並べると、それぞれの文脈とはまったく別の、あたらしい意味がうまれたりする。

おもしろいのだけれど、おそろしい、とも思う。

L_B_S

先週末、メゾンドエルメスで開催されている名和晃平さんの「L_B_S」展を観に行った。

入り口のところで、監視員の方に、「作品にはお手を触れないでください」と注意される。わざわざ、こんなところまで足を運ぶような客に、わざわざ、そんな注意をせんといかんもんなのかなぁ…と思っていたら、その理由がすぐにわかった。

表面の質感に対する関心を強くひき起こす作品。注意されなかったら、つい触って確かめたくなってしまっていただろうな、と思う。

展覧会タイトルのL_B_Sの、LはLiquid、BはBeads、SはScumで、展覧会はその3群の作品から構成されている。

Beadsは、鹿の表面を覆うビーズによって中に入っている鹿の像は歪められている。ビーズで覆われた透明のボリューム。

Liquidは、グリッド状に発生しては消えてゆく泡。うまれては消えてゆくその白い泡の表面に、しばらく見とれていた。

わたしにはどちらも、とても映像的に見えた。

これらは、塊、ボリュームとして受けとめることもできるし、その表面に生起する映像として受けとめることもできる。Scumに関しては、触覚に訴えかける表面の質感が特徴的であり、ものの存在の多層性、ということを考えさせられた。

ドアマンと、店内の雰囲気にビビりながらも、勇気を出して観に行って良かったと思う。

トーンカーブの日々

トーンカーブと格闘するうちに、夏が終わる。

写真は、撮った後が大変、ということがよくわかった。

色はほんとに難しい。相当色の偏った写真ばかりだったから、苦労したというのもあるけれど…
どうやったら、もっとスピードと精度、あがるんだろう…

のっぺりつるん

スピーディー、と言えば、聞こえはいいのかもしれないけれど、今年に入って、あまり自分のペースやなく動いてたんだろうな。ゆっくり考える、とか、感じる、とかやなかったように思う。

なんとなく、すべてが拙速。
目先のことばかりにとらわれている。

無心に手を動かしていると、それはそれで、しっかり充実もしているのだけれど、「考える」をおろそかにしたり、あとまわしにしとるし、このままやとあかんな、と、今日ふと気づいた。

いまのこの作業がひとだんらくついたら、少し考える時間をつくろう。

なにより、毎日がのっぺりつるんとしていて、感じる、の精度が危機的にさがってる。

GとY

GとY

たぶん、この二匹は同じころに生まれたんだと思う。
左のほうは緑色の目をしていて、右のほうは黄色い目をしている。

ほんで識別するのに、GとY。

Gは積極的にえさをねだりにくるし、カメラを構えてもあまり警戒もしていないけれど、Yは自分からねだりもしないし、カメラを構えるととっさに逃げる。Yのほうが涼しげな顔立ちをしていて好みなんだけど…。

えさをもらうためなら、なりふりかまわないGに比べて、Yは「もらってやってもいいわよ」といった体。

猫好きでもないのに、毎日顔をあわせるもんだから、顔立ちで猫を識別できるようにしまった。

ま、ご近所さん、みたいなもんか。

ぺルーめし

昨晩は来客があったので、久しぶりにぺルー料理をつくってみた。
ほんで、今日はその残りものがお昼ごはん。

セビッチェとアヒー デ ガジナ

手前の海鮮サラダのようなものが、セビッチェ(Cebiche)。奥がアヒー デ ガジナ(Ají de gallina)。セビッチェは白身魚をレモンでしめて、トマト、たまねぎなど生野菜と和えたもの。たまたま鯛が安かったので、今回は鯛でつくってみた。コリアンダーは嫌いなひともいるので、混ぜずにトッピング形式にしておく。

アヒー デ ガジナには、鶏のムネ肉をゆがいて割いたものが入っている。アヒー(とうがらし)が入っているので、もちろん辛い。カレーのようなとんがった辛さではなくて、くちあたりよくマイルドだけれどじわっとくる辛さ。来客ふたりは最後まで「カレー」と呼んでいた。

昨晩はこれにプラスじゃがいものビシソワーズ(ぺルー料理ではない)、という献立だったのだけれど、いちばんうまくできたのがビシソワーズというのが、なんとも複雑なところ。

ひとに食べてもらう、と思うと、料理って気合いが入るもんやね。

引越していません。

7月末までに引越すはずだったのですが、引越していません。

紆余曲折の末、まだしばらく住んでいてもいい、ということになって、暑い、暑い、と言いながらも京町家に住み続けています。

結局、生活そのものもなんらかわることなく…。
わたし自身が、そう望んだのかもしれないんだけれど。

松屋町のねこ おねだり

そういうことを伝えたかったのに

年をおうごとに、ことばのレパートリーは増えているはずなのに、いざとなると、ほんとうに伝えたいことを、まっすぐ伝えることが、どんどん、難しくなっていく。

ことばがうわすべりするのが、自分でもよくわかっていて、
つらくなって、さらにことばを重ねて、撃沈。

ほんとうは、すごく感謝していることとか、
その真摯な姿にこころをゆさぶられたこととか、
そういうことを伝えたかったのに。

あと2回。

もうどうしようもないタイミングで、どうしようもなくひとを好きになってしまうことって、あるんだな。

前からずっと、そのひとが濃やかな感受性をたずさえていること、気にはなっていたけれど、たわいのない話のなかでそのひとが口にした「夕陽が綺麗だったから」のひとことで、すっかり好きになってしまった。

どうしたものだか。

そのひとに会うことができるのは、もうあと2回。
あと2回。

夜景は難しいわ。

昨年撮ったのをいったん編集して、まわりの人に見せたら、「もっと夜景を見たい」と言われ、夏至のころ、再撮影。

撮影開始時間を1時間ほど遅らせる。

暗くなると露光時間が長くなるから、いろいろ問題が出てくる。
ライトをつけて容赦なくカメラの前を通り過ぎる自転車、とか。
いちゃつくカップルが増える、とか。

ほぼ50m間隔で三脚を立てて撮っているのだけれど、いいポジションには必ずはげしくいちゃつくカップルが居座っている。

一度撮ったものの仕上がりを見ながら、いろいろ検討中。
夜景は難しいわ。

ざっくり

大事にされていない、と思う仕組みのなかで、一生懸命、周囲のひとをたいせつにしよう、と思って頑張ってみたけれど、もう限界かなぁ。大事にされていない、と感じ続けることは、少しずつ少しずつ、こころとからだを蝕んでゆく。

それでも幸せだと思うのは、大事にされていない、ということを明確な痛みとして感じられるくらい、わたしは、たいせつに育てられたこと。

大事にされていないことに慣れてしまったひとは、そのことに痛みは感じない。あるいは、痛みを感じていることに、気づいていないだけかもしれない。でも同時に、自分が他人を大事にしていないことにも、気づかない。

久しぶりに、ざっくり傷ついちゃったかな。

2年ぶりの電話

2年ぶりに縫製業者のおっちゃんに電話をかけると、「おぉ、リサちゃんか、最近どないしとるん?」と。

かんたんに近況を伝えると、
「あんたまだ結婚してへんのかいな?はよ結婚したらいいのに。あんたなら、なんぼでも寄ってくるオトコはおるやろに、よっとる(選り好みしてる)んちゃうか?」

と、厳しいコメント。

「そんなことないですよ。」とこたえると、
「なら、オトコに隙を見せへんのやろ?」とぐっさり。

あの…注文の電話なんですけど…

でも、久しぶりの発注にもかかわらず、快く仕事を引き受けてもらえて、
さらには、結婚の心配までしてもらって…
(以前発注したときは、食べていける仕事あるんか?と心配してくれてはった…)

つくづく、ありがたいご縁やと思う。

最初お目にかかったときは、とても気難しそうな印象だったけれど、いざおつきあいしてみるとほんまにあったかくて、繊細で、こういうご縁は大事にしたい、と心底思う。

注文の電話なのに、こころがほっこりあったかくなって、かたく閉じつつあったこころが、ほんの少しほころびました。

おっちゃん、ありがとうね。

家事をしたい

忙しいと、家が荒れる。
どうもわたしはそれが苦手。

どっと忙しいさなかには、
この忙しさがおさまれば、まず「家事をしたい」と思っている。

家事だけの毎日、というのはとても耐えられそうにもないけれど、自分の身のまわりのことや家事に丁寧に手間をかける、というのは、とても贅沢なことだし、なにより気分がいい。

目のはしで、階段のほこりや、取り入れっぱなしの洗濯物が目についていながら、「いまは仕事に専念、制作に専念」と、対応を先送りすると、「家事をする時間がほしい」という気持ちは、ほとんど熱望に近くなる。

冬用のラグを片付けて、散乱していた本をまとめて書架に戻し、洋服箪笥の中を整理して、探していたパジャマとスラックスを鞄の下から発見。古い謡本を片付け、段ボールの空き箱を解体して、しばってまとめる。トイレを掃除して、床に掃除機をかけて、洗濯物にアイロンをかけてしまう。
2時間ほど掃除をしていたら、汗びっしょりになる。
やれやれ、だいぶ片付いた。
2時間で済むような掃除なら、いつでもできるじゃないかと言う人がいるかも知れない。
毎日3時間も4時間も酒飲んで、バカ映画みてごろごろしているんだから、その時間にやればいいじゃないか、と。
そういうものではないのだよ。
それは家事というものを本気でしたことのない人の言葉である。
家事というのは、明窓浄机に端座し、懸腕直筆、穂先を純白の紙に落とすときのような「明鏡止水」「安定打座」の心持ちにないとなかなかできないものなのである。
お昼から出かける用事がある、というような「ケツカッチン」状態では、仮に時間的余裕がそれまでに2、3時間あっても、「家事の心」に入り込むことができないのである。
というのは家事というのは「無限」だからである。
絶えず増大してゆくエントロピーに向かって、非力な抵抗を試み、わずかばかりの空隙に一時的な「秩序」を生成する(それも、一定時間が経過すれば必ず崩れる)のが家事である。
どれほど掃除しても床にはすぐに埃がたまり、ガラスは曇り、お茶碗には茶渋が付き、排水溝には髪の毛がこびりつき、新聞紙は積み重なり、汚れ物は増え続ける。
家事労働というのは「シシュフォスの神話」みたいなものなのである。
(内田樹のブログより抜粋)

内田樹さんの書いた、

お昼から出かける用事がある、というような「ケツカッチン」状態では、仮に時間的余裕がそれまでに2、3時間あっても、「家事の心」に入り込むことができないのである。

というのは、家事に対してというよりむしろ、制作に対して感じている。

単純に作業時間と成果が連動する世界ではないから、2時間を実りあるものにするためには、実際はその倍以上の時間的余裕と、心理的余裕が必要だと思う。

いかがでしょう。

調子が悪いくらいがちょうどいい、

今年の春先からか。腸の調子がすこぶる悪い。
いまはやりの過敏性腸症候群だ。

週末はついに、胃までしんどくなって、早朝5時に胃痛で目覚める。
だめな一日…と思いながら、からだを引きずるようにして撮影に出かける。

本調子でない分、動きも緩慢になっていたのだけれど、かえって、世界の肌理を近くに感じた。

最近、忙しくしていたせいで、しっかりものを見るペースで生きてなかったのかもしれない。

ものをつくるのには、調子が悪いくらいがちょうどいい、というのは、たしか仲條正義さんの言。

絶好調で全速力、では見えないものもあるんだな。

クジャクサボテン

母屋の軒先に、鮮やかなマゼンタの花。
艶っぽいなぁとしばらく眺めていた。

あとから、母屋の奥さんに、それがクジャクサボテンという名前だということと、2〜3日しか咲かない、ということを教えてもらった。

なにげなく目にしたものが、実は貴重な体験だったりするんだな。

ここのところ、慢性的な苛立ちを抱えていて、あたりまえのようにあるもののありがたみ、忘れかけていたかもしれない。

ダメダメや。

残すところあと2回

古い町家に引越して、大家さんから最初に手渡されたのが、家賃帳。1年分の家賃の領収書を一冊にまとめてあるもので、レトロな風情がなかなか、好い。

毎月5日までに、家賃とその家賃帳と、光熱水道費を大家さんに届けるのが、ルール。

光熱水道費は、母屋の方がまとめて支払ってくださっているので、はなれだけの子メーターを、自分で検針して、はなれの使用量を、電気・ガス、それぞれ計算してお届けする。

わたしの住んでいるはなれは、もともと1階と2階をわけて間貸ししていたものだから、子メーターもそれぞれ2つずつついている。

1階分と2階分、ガス2つ、電気2つ、都合4つの子メーターをそれぞれ検針し料金を算出する。最初は、面倒だなぁと思っていたこの計算も、もう残すところあと2回、と思うと、寂しくなる。

住めば都、とはよくゆうたものだ。

工作中

ずいぶん長い間、書きそびれているな、と思っていたら、2ヶ月もあいてたのか…。

作業内容をノートにメモするようにしたら、それでことたりてしまっていた。

つないだ写真のラフを出力して、何の気なしに、蛇腹折りにして、手のひらサイズにしてみたら、これが意外とよい感じだったので、工作にのめりこむ。

PCで作業するより、実際モノを触っているほうが楽しいな。

晴れの日は撮影に出るほうが気分いいし、PCでの作業は、実際のところ、工程のなかでいちばんストレスフルなのだろう(いちばん重要だけど)。

そうはいっても、製本の目処がたったら、PC作業に戻らないといけない。

明日は、友人と一緒に杉本博司の展覧会を見て、場所を四ツ橋に移して、別の友人の展示を見て、東急ハンズに製本の道具を探しに行って、帰りに紙も選んでくる。

あと、できれば道頓堀の《とんぼりリバーウォーク》も見てみる。

土、日、と雨が続いたら、月曜の朝の光は綺麗だろうな。あまり欲張らずに早めに帰宅しよう。

先月末、

大切なひとを亡くし、しばらくぼんやりしとったん。

熱いものを触ってギャーっと叫ぶような、そういう生理的な反応が続いていたんだと思う。

そういうこころのありようで過ごしていたから、ましてや、ことばを綴るような状態、ではなく。

ただ、わたしがのんきに彼岸なんてタイトルで文章を書いているときに、そのひとは病と闘い、そして、まさしく彼岸に行ってしまった。

葬儀に向かう夜行バスで、不意に目が覚めたのが朝の5時。
オレンジがかった朝の光で満たされた世界。
空に向かってぬくっと存在を示しているのは、富士やったんやろうか。
見たことのない美しい時間やった。

彼岸

歴史は苦手科目だったのだけれど、昨年あたりに出会った網野善彦の著書がおもしろくて、時間を見つけては、読み進めている。

川岸を撮っていることもあって、気になって読んでみたのが、『河原にできた中世の町―へんれきする人びとの集まるところ (歴史を旅する絵本)』(網野善彦著 司修絵 岩波書店 1988)。これは、児童書にしてはとても深く難しい内容を扱っている。

ふるくから、川べり、山べりなどの、自然とひとの生活の営まれる世界との境目が、あの世とこの世の境だと考えられていた。だから、向こう岸(彼岸)は、そのまま彼岸なのだ。ここ数週間スキャンしていたフィルムは、彼岸の写真だ。

写真家の中には、人の営みと自然との境がおもしろい、という人がけっこう多いのだけれど、そういう境に魅かれる気持ちの奥底には、本人も自覚しないかたちで、生と死に対する関心が横たわっているのかもしれない、などと思う。

さらに、そういう境の場所は、人の力のおよばぬ神仏の世界に近いので、人と人のこの世での関係もおよばないところとされ、物と物、物と銭を交換しても、あとぐされがない、ということで、商いをする場所として、発展した。

おもしろいのが、もし人びとの生活の中で物の交換が行われ、物を贈ったり、お返しをしたりすれば、人と人との個人的な結びつきが強くなってしまい売買にはならない、という理由で、ものの交換や売買を行う場所として、この世の縁とは無関係な場所が選ばれた、といういきさつ。

そういう、ひとの生活意識をベースに、社会がどう構成されていったか、という描写がとてもおもしろい。

今村仁の著書にある、貨幣と死の関係が、どうしても実感として理解できなかったけれど、これを機にもう一度読み直してみようかな。

かえって朝がつらかった。

さきおととい、夢のなかのわたしはあまりに幸せだった。

夢の中に置いてこればよかったものを、
幸せをぎゅっとつかんだまま目覚めたものだから、
かえって朝がつらかった。

今年いちばんの底にいる。

いつもの交差点で、信号の赤をぼんやり見上げながら、
決して言語化してはならない気もちに、4つの文字をあてがった。

もう思春期でもないんだから、と自分を諌めてみたけれど、
どうにも気もちが持ち上がらない。

こういうときは、歩くに限る。

撮影と称して歩くことで、
わたしはどれだけ救われてきたことか。

今年いちばんの底にいる。

狂おしいほど、の光に、

静かな、それでいて、ある強度をたずさえた光。

狂おしいほど、の光に、
ひきずられるようにして、家を出る。

まず青から順に届けられる。

早朝の撮影。
いちにちの始まりは、まず青から順に届けられる。

そのあとミドリが。黄色が。
そうして最後にやっと赤が。

まだまだ低すぎる露出とにらみあい、
かじかむ手を缶コーヒーであたためながら、
世界のことを少し知った。

LIST

SHOW ALL