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純粋な領域

 しかし、それにしても「事象そのものへ」というザッハリッヒな探求、あるいは芸術の自律性の探求は、なぜ純粋な領域を要請するのか。なぜ、領域の固有性、あるいはその形式性、透明性を要請したのか。諸学問、諸芸術のそれぞれが自己に固有の領域へと閉じこもること、そのことがさまざまの知的・美的領域で並行現象として発生したこと、そういうことを可能にするトポスとは何であったのか。そういうトポスへの問いは、当然のこととして、そのトポスが閉じた系、閉じた回路として成立していることを前提とするが、ほんとうにそういう閉じた関係の世界というものは可能なのだろうか。(『思考のエシックス―反・方法主義論
』鷲田清一著 ナカニシヤ出版 2007年 p34から抜粋)

単純に「ファインアート」ってなんなんだろう?という問いがずっとあって、「ファイン」ということばで、ある表現領域を囲わないといけない理由とか、そういうことを知りたい。

そういう「囲いこみ」が表現としての閉塞感とか、制度としての閉塞感に、つながっているんじゃないの??という漠然とした感触とか。論理的に説明はできないけれど、感覚的に、ひっかかりを覚えていること。

※ザッハリッヒ:即物的 トポス:場所