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質量0の写真。

写真は写真のままであるほうが、まだ自由なのではないだろうかと思うときがある。

写真を「作品」としてホワイトキューブで展示することにわたしはまだ違和感を感じている。

写真を展示をする際には、その空間で写真を見せる意味を考えたいと思ってきた。だからわたしの場合、写真の展示はインスタレーションとしかなりえない。どこでどのように見せるかは写真の内容と連動する。

話を戻そう。
写真はもともと複製物だからこそ写真集という形態が可能である。
提示の仕方としては、写真集の可能性もwebの可能性もあるのだ。
写真の複製物としての可能性をあたまの片隅で考えつづけること。

特にweb上を行き交うデジタルの、「質量0の写真」の可能性を。