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南天

いまの季節、南天ってとても美しい。名前もすごく好きで、まさか「南の天」じゃないよなぁなんて英語名を調べてみたらnandin。たまに、南天を見ていてふぅっと意識が遠のくようなことがある。こう、日常のささいなもののたたずまいに(宇宙と言ったら大げさだけれど)なにか大きなものを感じとること。木の落とす影が大きくビルを覆っているさまだとか、天体レベルのはかりしれない大きなものの営みの中に、自分たちがあるということを、日常のささやかなことから実感する。

重森三玲の仕事、たとえば東福寺の庭に、人為でそういうことを感じられるものがつくられている、ということにゾクっとする。ただの石が砂が苔がある様相を呈するとき、「小宇宙」と呼ばれるほど大きなものをひとに感じさせるということに。

ささやかなものであるにもかかわらず、とてつもなく大きなものを感じさせるということ。作品でそんなことができたらええんやけど、難しいよなぁ。